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読んだ本の感想をつづったブログです。





司馬遼太郎が明治時代を新興国家に見立てて語っている歴史エッセイの下巻。

明治初期にキリシタン禁制がまだ解かれていない頃に英国公使のパークスと大隈重信が激論を交わした話や、東郷平八郎が10歳くらい年下ということにして英国の船乗りの学校で学んでいた話、勝海舟がオランダの海軍軍人だったカッケンディーテから「国民」の概念を学んだのではないか?という仮説、伊藤博文がプロイセンやオーストリアで憲法の研究をしていた話が書かれている。

大隈がパークスにも負けずに言い返しているところは現在の日本にもそのような人物がいたらいいのにと思ったが、この手の人物は野党から言葉尻を捉えて失言だと騒がれそうな気もした。

伊藤がプロイセンのヴィルヘルム1世から議会に力を与えすぎないように助言を受けたのにあまり従わなかったなど、伊藤とそのスタッフたちが何もないところから大日本帝国憲法を制定したのは時間や労力を考慮するとかなりの成果だと思う。
さすがに統帥権の問題が後で出てくることまでこの段階で防ぐのは難しかっただろう。

本書のあとがきではNHKで1989年に「太郎の国の物語」というタイトルでドキュメンタリー番組として放送されていたそうで、知らなかったので少し驚いた。
本を読んだので内容はほとんど重なるだろうが、少しだけ関心を持った。







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司馬遼太郎が明治時代を新興国家に見立て、「透明なリアリズム」のある時代であることや、それに先立つ幕末の時代背景などを語っている歴史エッセイの上巻。

はじめの方では江戸時代の遺産として小栗上野介による横須賀のドックが日清・日露戦争の勝利に大きく貢献したことが書かれている。
小栗が最後の将軍・徳川慶喜に対して提言した戦術が明治新政府に恐れられたこともあって小栗は逮捕・斬首されたが、生き残ったとしても新政府には仕えなかった可能性が高いように感じた。

中盤では薩長土肥(薩摩・長州・土佐・肥前)のそれぞれの特色が新政府での人材登用に現れた話が興味深い。

そして、明治維新では他国にそのまま参考にできそうな体制がすぐに見つけられなかったこともあり、どのような国家にするという青写真がなかったことが書かれている。
これは歴史のIFとして、佐幕派が勝利しても似たようなことが起こったのではないかと感じた。

このあたりから西郷隆盛が多く出てきて、紀州藩の津田出という人物が実施した改革に感銘を受けたり、廃藩置県に際して薩摩藩で実権を握っていた「藩父」島津久光から安録山と罵られて気に病んでいた話が印象に残る。
頑迷とされる久光も実際は賢い人物だったらしく、それだけに事態がこじれたことが伝わってくる。

他にもマリア・ルス号事件が発生した時の外務卿だった佐賀藩出身の副島種臣が時代背景があったからこうした教養豊かな人物が登場したわけで、もう出てこないと書いているなど、独特な視点からの話が書かれている。

著者の作品では脱線がつき物だが、『街道をゆく』シリーズみたいに読者が興味を持ちようもない著者の近辺の話しなどはせず、あくまで幕末・明治の話の範囲内での脱線なのでそれほど気にならない。

再読という形になるが、改めて興味深い作品であることを再認識している。






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街道をゆく 夜話 (朝日文庫 し 1-55)
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司馬 遼太郎
朝日新聞社 2007-10-10

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司馬遼太郎による短いエッセイや評論、解説、あとがきなどから、『街道をゆく』シリーズにつながるものを集め、地域ごとに構成している作品。

収録された文章の種類と数が多いこともあり、面白い作品、つまらないと感じる作品のばらつきが大きい。
内容としては出会った人とのローカルすぎるやり取りを長く続けたり、地域振興などのために書かされたと思われる作品が厳しい。
おそらく著者がまとめてほしくなかったと思っているものも多いのではないだろうか。

興味深かったのは幕末に会津から激動の舞台に引っ張り出された秋月悌次郎の素朴な感じや、京都の人に見られる複雑な感情、出雲の人々に見られる大和への反感や石見の人から嫌われる事情、播磨の三木城で秀吉軍との篭城戦を戦った別所氏の時代遅れな見識などで、どうやら話の広がりと面白さに相関関係がありそうである。

解説文には『街道をゆく』シリーズの入門書に最適と書かれているが、そうでもないと思っている。
理由は本作の文章だと著者の話が脱線したままになったり、話が戻っても残りのページ数が少なかった場合が多かったことによる。
『街道をゆく』シリーズは私にとっては、つまらない脱線と面白い脱線を読み分けるもので、ある程度のページ数がないと良さが出ないような気がしている。






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街道をゆく 42 三浦半島記 (朝日文庫)
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司馬 遼太郎
朝日新聞出版 2009-05-07

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司馬遼太郎による『街道をゆく』シリーズの第42巻で、三浦半島を中心に書かれている。

小栗上野介が幕末に造船所を建設した横須賀や、鎌倉時代に幕府の外港だった六浦や北条実時の金沢文庫で知られる横浜市金沢区、鎌倉の鶴岡八幡宮、さらには海でつながった伊豆半島や房総半島などにも話が及んでいる。

最も多く扱われているのは鎌倉幕府に関する話で、源頼朝がいかに武士という農場主の階級からのニーズに応えてきたかや、頼朝の死後に北条氏が梶原景時、比企一族、畠山重忠、和田義盛、三浦一族といった有力御家人のライバルを滅ぼしていったエピソードが印象に残る。
平家の興亡や義経、範頼、頼家、実朝といった源氏の悲劇、西行法師と頼朝の関わりなども書かれていて、初めて知る話も多い。

また、横須賀と関わりの深い日本海軍の興亡として、日露戦争での日本海海戦、大東亜戦争でのミッドウェー海戦、キスカ島からの撤退作戦、「スマートであれ」という海軍での教えについてなどの話が興味深い。
陸軍に徴兵されていて著者からすると、「それに比べて陸軍は・・・」という愚痴を語ってしまっているのは仕方のないところだろう。

できれば室町時代の関東管領だった上杉氏や戦国時代の後北条氏についての話ももっと知りたかったが、このシリーズの中ではなかなかいい方の作品に入ると思う。






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司馬遼太郎が産経新聞記者を務めていた32歳の時期に、本名の福田定一名義で書いた『論語』などから名言を取ってサラリーマンの大変さや生き方について語ったエッセイ集を復刊したもの。
タイトルは初版刊行時の『名言随筆サラリーマン ユーモア新論語』の方がしっくりくるように思う。

前半の第1部では『論語』以外にも孟子やリンカーン、大江広元など、古今東西の名言を用いてサラリーマンが経験する出世、格差、嫉妬、家庭での不和などの話が出てきて、会社勤めをした事がある人にとってはリアルな話が書かれている。

60年以上経過してもあまり変わっていない部分、社会の変化などによって現在から見ると違和感がある部分に分かれていて、時代の変化を感じることができる。

前者は会社に入社してくる新人に対して頼りなさや物足りなさを感じるところ、後者では女性の会社における役割の変化などがそれに該当する。
また、サラリーマン生活への不安はこの時期から書かれていて、安心できる時代なんて滅多に来るものではないのだろう。

本書では文体がまだ司馬遼太郎のものになっておらず、現在の視点からするとカタカナの使い方や表現方法に違和感を覚えるというか、時代を感じる。

後半の第2部では著者がであった2人の老新聞記者との出会い、そして学徒動員から復員後に一緒に新聞社の就職試験を受けた仲間の話をしていて、こちらの方が面白い。

初版が出た昭和30年(1955年)は、現在で言うところのフリーライターや週刊誌の記者くらいのスタンスで仕事をしていた新聞記者が生き残っていたことが分かる。

著者が新聞記者になった頃の新聞業界は小さい会社が乱立していて比較的移籍しやすかったようたが、その後しばらくしてから新聞業界では淘汰が進んで大企業ばかりになったのか、新卒一括採用されたエリートサラリーマンというイメージの新聞記者が多くなってきたことも書かれている。

それによって「新聞などのメディアによる報道は正しい」という思い込みが広がったような気もするが、インターネットの普及などによって偏向報道がされてきたことが暴かれてきたのはいい傾向なのだろう。

「司馬遼太郎著」ということを外すと名言がらみの部分はあまり面白い作品ではないが、当時の新聞業界の雰囲気についての話がそこそこ興味深かったかと思う。






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