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読んだ本の感想をつづったブログです。



塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/9/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版23巻で、ヴェスパシアヌスの息子で後を継いだティトゥスとドミティアヌスの兄弟、そして「五賢帝時代」の1人目に当たるネルウァの時代を扱っている。

ヴェスパシアヌスから後継者として帝王教育を受けたティトゥスは真面目で評判が良かったようだが、就任して早々に発生したポンペイの火山災害への対応に奮闘し、その後に発生した伝染病で早すぎる死を迎えてしまう。

この後を受けて帝位を継いだのが元々後継者と目されていたドミティアヌスで、若いこともあってか独裁的な傾向が強くて軍部の支持が高い一方で元老院からの評判が悪かったようだが、インフラ構築、北方の国境であるライン川一帯への防壁の建設、ドナウ川北岸にいる異民族との和平など、手本とした2代目のティベリウスのように人気はなくてもかなり実績を上げていたことが分かる。

ただ、一族間のもめごとが起因してか暗殺されてしまい、これを受けて元老院は「記録抹殺刑」という処分がなされていて、ドミティアヌスの事績を記録したものの多くが破壊されているのは何か割り切れないものを感じる。
ここを読むと、ローマの帝政は元老院との関係もまた重要なポイントなのだろう。

そしてドミティアヌスの死を受けて元老院が皇帝に選出したのが、元老院議員だったネルウァで、70歳というかなりの高齢での即位となっている。
そのネルウァはドミティアヌスに見いだされて北方の軍団を率いていて人望のあったトライアヌスを後継者に指名し、在位期間が短いこともあり、ほぼこれが彼の最大の功績ということになっている。

ネロの死からしばらくは混乱が続いたが、ヴェスパシアヌス以降は概ね着実にその危機を克服した時代ということができそうで、特にドミティアヌスは再評価されてほしい気持ちがある。
次の『賢帝の世紀』がローマの最盛期に当たるようなので、これも読むつもりである。





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塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/9/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版22巻で、「三皇帝時代」の混乱を収拾して帝国の立て直しを図ったヴェスパシアヌスの治世を描いた作品。

前半では三皇帝時代にローマが内乱で乱れたことをきっかけにオランダを領地とする部族長であるユリウス・キヴィリスがゲルマン族とガリア族を糾合して「ガリア帝国」を宣言して発生した反乱の発生と鎮圧、そしてネロの時代から続いていたユダヤ戦争の終結を扱っている。

反乱の首謀者に「ユリウス」という名前がついているのはカエサルが人心収攬のためにカエサル姓を異民族にも与えたことによるもので、敵にも味方にもユリウスの名を持つ人物が多数出てくるのが面白い。

この反乱は対処を誤るとガリアおよびブリタニアを失って国境線がライン川からアルプス山脈に大きく後退し、ローマの初期のように首都ローマが脅かされることになったわけで、ローマ帝国が分裂してもおかしくないくらいの危機ということが分かる。
これに対してはヴェスパシアヌスがローマに着任する前に皇帝代行を務めたムキアヌスは最大級の兵を動員して早急な鎮圧に成功しており、司令官や将軍の人事や判断を間違わなければローマ軍はこの時期も強かったことを示している。

次のユダヤ戦争はヴェスパシアヌスがユダヤ領の長官だったころに戦況を優位に進めていたのがネロの暗殺とその後の内乱で中断し、ヴェスパシアヌスの長男で後継者に指名されたティトゥスに軍功を上げさせるためにも早急な対応を図るよう調整したこともあり、1年数か月で反乱軍が立てこもったエルサレムを陥落させることに成功している。

後半はヴェスパシアヌスの治世で内乱後の帝国立て直しや後世につながる政策などを扱っていて、財政再建やコロッセオの建設、人材登用、元老院対策、法整備など多数に及んでいる。
ヴェスパシアヌスはカエサルやアウグストゥスのようなカリスマ性のある指導者ではないが「健全な常識人」と称され、アウグストゥスから100年経過して帝政が定着した状況では時代に合った皇帝だったということになる。

本書はユダヤのところがネロの時代などにも出てきたところで少し退屈した部分もあるが、全体的には興味深く読むことができた。
次はヴェスパシアヌスの息子であるティトゥスとドミティアヌスの時代を扱っていて、これも読むつもりである。





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塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/9/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版21巻で、ネロの破滅によるユリウス・クラウディウス朝の終焉を受け、1年に3人も皇帝が就任しては悲惨な死を遂げた時期を扱っている作品。

3人とはスペイン総督だったガルバ、ガルバが決起した際にいち早く支持したオトー、ライン軍団から擁立されたヴィテリウスの3人で、いきなり平時だとなれるはずがない皇帝になったこともあるとはいえ、それぞれの性格上の弱点による失策を重ねたため、暗殺、敗戦しての自殺、敗戦しての処刑という末路をたどっている。

それ以前に登場したハンニバル、スキピオ、スッラ、ポンペイウス、カエサルといった名将たちと比べるのは酷だが、自分の戦いなのに出陣しなかったり、人事で民衆や兵から納得を得られないと想定できる人事、部下や兵の暴走を抑えられない弱さ、内線勝利後に敵だったとはいえ同じローマ兵に対する手ひどい報復など、後世から見てやってはいけないことをやってしまっていて、滅びたのも仕方がないと思わされた。
この中では軍歴のなさによりあきらめの早い自殺をしたオトーなどは統治者としては優秀だったようなので特に、皇帝になった、あるいはさせられたことが不幸ということになる。

しかも、それまでのローマ軍による内乱ではなかった戦術もない拙劣な戦い方やローマの神殿を焼き払ってしまうなどの混乱があり、ライン川流域で従属や同盟関係を結んでいたガリア人やゲルマン人の部族が反乱を起こすこととなる。

この混乱は、出身は貴族でないものの東方の軍団から支持を得たユダヤ領長官のヴェスパシアヌスが、シリア総督のムキアヌスなどなどの協力を得て、ヴィテリウスを破って皇帝になるところまでが描かれている。

本書ではカリグラやネロのような暗君とされる皇帝とはまた別の問題が出ていることが分かり、これもまた人間社会でそれなりに発生する出来事なのだと感じさせられ、興味深く読むことができた。
3人の皇帝の話が短くて、読みやすくもあった。






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塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/8/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版20巻で、アウグストゥスから始まるユリウス・クラウディウス朝5代目で最後の皇帝、そして暴君の代表として有名なネロの治世を描いている。

クラウディウスを利用してのし上がったアグリッピナが息子のネロを擁立し、政治では哲学者のセネカ、軍事ではブルスをつけ、通説では最初の5年間は善政だったと評価されている。
しかし著者はセネカの影響はそれほどでもなかったし、その時期がセネカの政策だとしたら実務にうとい学者らしい失敗も多かったのでは?と書いていて、通説と異なるのが面白い。

そして母のアグリッピナを暗殺、離縁した妻を殺害といった暗い部分も、派手なイベントをよく開催するので大衆から人気があり、治世の後期に恐怖政治をやりだすまでは大目に見られてきた。

例えばギリシアかぶれで歌や芸術を見せることを好んだが、才能はそれほどでもなかった?みたいで、自分の趣味で周囲の人々に迷惑をかけているのはジャイアンを連想する。
このあたりは、北宋の徽宗皇帝とか、美濃で斎藤道三に追放された土岐頼芸とかなど、芸術家タイプを前面に出す君主はいい印象がない。

ローマの大火では真摯に対応しているが、再建時にギリシア風の街路を建設したのが不評だったようである。
大火は実はネロが街を造り直すために放火したのでは?との疑いを持たれ、キリスト教徒になすりつけて迫害したという話も扱われていて、これがキリスト教世界でネロが暴君の代表になった要因でもある。
(歴史学者の本村凌二氏の作品では、迫害したのはキリスト教徒ではなくユダヤ人の一派だったんじゃ?と書かれているが)

軍事や外交でも部下への権力移譲に失敗しがちで、東方の宿敵・パルティアがローマの同盟国・アルメニアの王位にパルティア王の弟をねじ込んだ問題に対しての初動を誤り、しばらくごたついている。
ここで司令官となったコルブロという人物は、「パルティア王の弟がアルメニア王になるのを認める代わりにローマを訪れてネロから戴冠の儀式を受ける」という、それまでアルメニアと組んでパルティアをけん制するという方針から一転した合意をパルティア王と結ぶことに成功していることに驚かされた。

ネロや大衆はパルティアに合戦で勝利することを望んでいたが、パルティア王の真意(弟がアルメニア王に就任できれば他の条件は妥協できる)や、ローマ人の心情(勝てなかったパルティアの王族をローマに呼びつけるという名誉)を把握した上での実現したことから見ても、どの時代でも活躍できた人物だったのだろう

そのコルブロも軍内部で発生したネロ暗殺計画への関与を疑われて粛清され、恐怖政治となったことで元老院や大衆、さらには軍からも見放されたことで自殺に追い込まれる最期を遂げている。

ネロが死んでからはユリウス・クラウディウス朝に連なる血筋の人物が擁立されることはなくなり、スペインで反乱を起こしたガルバなどの実力者たちが争う時代に入り、このシリーズでは『危機と克服』編に入る。

巻末では、『悪名高き皇帝たち』編に登場した皇帝がなぜ悪く書かれたのかの考察が書かれている。
タキトゥスやスヴェトニウスといった、ネロより少し後の時代の歴史家が、ティベリウスからネロにかけての治世をこき下ろすことが多かったようだが、著者はこれを「資本主義が盛んな時代における裕福なマルクス主義者みたいなもの」と評していて、朝日新聞や東京新聞の言説を思い起こすとなるほどなとなる。
何をやってもやらなくても、素晴らしい善政だったとしても、文句をたれる人々は一定数いるのはいつの時代でも同様なのだろう。

決して名君ではないが、その後の勝者たちの都合で実際以上に暗君とされた感があるネロが描かれていて、後世の都合で印象が変わってくるという傾向を再認識でき、本書も興味深く読むことができた。






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塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/8/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版19巻で、ゲルマニクスの弟、カリグラの叔父に当たり、カリグラを暗殺した近衛軍団から擁立されたクラウディウスの治世を扱っている。

彼は血筋はいいが体に障碍があったのでそれまで皇位継承者と見なされておらず、50代で皇帝に即位するまでは歴史家として活動してきた。

それが突然皇帝に祭り上げられた形だが、歴史家皇帝としてカリグラの浪費による財政破綻からの再建、ローマの外港建設などのインフラ投資、反ローマのドルイド教勢力が集まっていたブリタニア征服など、その後のローマの基盤づくりとなる政策を多く実施できた背景には、歴史に学んできた者の長所が出ている。

元老院の会議や裁判などにも真面目に出席したり、家の使用人だった解放奴隷たちを官僚として使いこなしたなど、13年の統治で燃え尽きたと著者が評するのも分かる。
(解放奴隷たちに権力を与えたことは、側用人とか宦官みたいな感じになったのか、元老院からは評判が悪かったらしいが)

ただ、期待されない生涯を送ってきたことで威厳を持つことを知らなくてバカにされがちだったことや、仕事には熱心だが家庭のことはあまりタッチしたくない人だったこともあり1人目の妻も2人目の妻も悪妻というのが、少し後の歴史家からけなされている。
そして2人目の妻であるアグリッピナからは、連れ子のネロを後継者にねじ込まされた上、用済みとばかりに毒殺されるという最期を遂げている。

クラウディウスは仕事熱心だが家庭のことには気を使いたくないという、バブル期の会社員みたいなキャラクターのように感じていて、確かに皇帝らしさはあまり感じられない。
このあたりが不人気だったのだろうが、実績は実績としてもっと評価されてもいい。

このシリーズは次が暴君の代表として有名なネロで、まだまだ続きを読み続けていく。






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