fc2ブログ

読書-歴史(日本:古代):雨読夜話

ここでは、「読書-歴史(日本:古代)」 に関する記事を紹介しています。



竹倉 史人 (著)
晶文社 (2021/4/24)


土偶について何を表現したものなのかについてはっきりした定説がない中、新たな解釈を提示した作品。

以前読んだ『教科書に載せたい日本史、載らない日本史~新たな通説、知られざる偉人、不都合な歴史~』の中で紹介されていたので読んでみた。

結論から言うと、縄文時代の人々が利用していた植物や貝類を擬人化・キャラクター化したものという説で、かなりインパクトがある。

著者があるきっかけで連想したことから、さまざまなタイプの土偶を何に当てはまるのか?を百科事典を読んだり考古学の研究資料から土偶の分布と植生を比べたり、実際に森や海に出かけて木の実や貝を採集してみるなど、ミステリーっぽい書き方もしているので読みやすい。

具体的な植物や貝類としてはクリ、ハマグリ、クルミ、トチ、サトイモ、イネ、ヒエなどを提示していて、今で言えばご当地のゆるキャラに近い感じのイメージのようで、実際にゆるキャラとの類似性も図解している。

土偶のデザインの面白さもあいまって、一気に読み進むことができた。
本書に対して批判・反論を展開している『土偶を読むを読む』という本もあるようなので、これも読んでみようかと思っている。





にほんブログ村 本ブログへ
スポンサーサイト





古川 順弘 (著)
宝島社 (2021/10/8)


古代日本史で名前が良く出る10の豪族について、その出自の説やその後どうなったかなどを解説している作品。

扱われているのは葛城、物部、大伴、蘇我、忌部、吉備、出雲、上毛野、秦、中臣の10氏族で、『古事記』や『日本書紀』などの神話に登場する人物や、その後の歴史で登場する人物の話、考古学の調査や文献から推定される話などが書かれている。

多分人によってはかなり興味深い話なのかもしれないが、読む側の知識不足と分かっていないことの多さもあり、あまり入ってこなかったというのが正直なところである。




にほんブログ村 本ブログへ


宮崎 正弘 (著)
宝島社 (2021/11/10)


福井県から山形県南部の日本海沿岸で古代に存在したという高志国の伝承や足跡について、実際に各地を訪れた結果を踏まえて語っている作品。

最初に新潟県糸魚川市にある、『古事記』に登場するヌナカワヒメ(沼河比売)の銅像から話を始めている。
ヌナカワヒメはオオクニヌシ(大国主)に求婚されて結ばれ、国譲り神話に登場して諏訪大社に祀られるタケミナカタ(建御名方)の母となったとのことだが、ヌナカワヒメは高志国のシャーマン的な女王だったが軍事大国の出雲に圧迫されて政略結婚をさせられたのでは?との見解が書かれている。

高志国が出雲に併合され、その後大和に併合されたという、こうした話はあまり知られているとはいえず、これは日本の歴史書では高志国のことを意図的に書かれてかったのではないかと話が続いていく。

そして、古代の日本海側は縄文文化が盛んな地方で、平和的な住民は高い文化を持つ一方で軍事は苦手というカルタゴのような国だったようなことが書かれている。
また、高句麗や新羅、渤海といった対岸の国からの使者が多く来ていたこともあり、大航海時代の到来までは栄えていた事実を指摘している。

この地方からは継体天皇が出ていて、この皇位継承についての話も触れている。
戦後のしょうもない言説への苦言を語っていて、まずは1000年以上も正当な継承だと認識されてきた事実を重く認識すべきと思う。

後半では、著者が北陸の各地を訪れた話が書かれている。
興味深い話も多いのだが、この地方には福井県以外は行ったことがなくて地理的な感じがつかめないので、簡単でもいいので地図を掲載してほしいと強く感じた。

対象が古代で伝わりにくいこと、ピンとこないところもあるが、全体的にはそこそこ興味深く読むことができたかと思う。





にほんブログ村 本ブログへ


井沢 元彦 (著)
小学館 (1995/5/10)


井沢元彦の『逆説の日本史』シリーズの第3巻で、奈良時代後期と平安時代初期が扱われている。
称徳女帝、平安京遷都、万葉集の3本立てで、シリーズの中でも特に怨霊や言霊に関する話が多い。

称徳女帝のところでは、道鏡へ譲位しようとしただけでなく女性蔑視という儒教的な感覚からスキャンダラスなイメージをつけられたという話や、光明皇太后の後押しで出世して淳仁天皇(廃帝)の擁立に新羅出兵の企図から簒奪までも狙っていた可能性が高い藤原仲麻呂(恵美押勝)のヤバさなどが語られていて、ドロドロした時代だったことを認識させられる。

禅譲のシステムを使おうとした称徳女帝に、仲麻呂が自他ともに呂不韋のイメージがついていたなど、当時唯一の超大国だった唐の文化にかぶれたと著者は評していて、戦後に旧ソ連やアメリカにかぶれた人たちと似ているというのはなるほどと感じる。

中盤の平安京遷都では、遷都の理由は旧仏教から決別というよりも(無実の罪で結果的に死なせた)早良親王と結びつきが強かった東大寺から離れたかったことや、聖武天皇の時代に国分寺や大仏などを建てた鎮護国家システムが怨霊に対して効果がなかったと判断したこと、そして新たな怨霊から守る手段として風水や真言密教を取り入れた結果が平安京と比叡山延暦寺だという話がなされている。

それだけ怨霊が恐ろしいものとされていた時代だが、蝦夷の指導者だったアテルイを簡単に処刑したのは、違う民族で怨霊の対象にならないという考え方をしているからとの話も分かりやすい。

そして最後の万葉集では、有間皇子や大津皇子、長屋王といった無実の罪で死ぬことになったとされる人々の歌が収録されていることなどから、怨霊への恐れがこのような文化遺産を生み出したという話になっている。
そして、『学校では教えてくれない日本史の授業 謎の真相』でも読んだ、正史には出てこないのに万葉集では「歌聖」とされる柿本人麻呂の謎を考察している。

梅原猛が提唱した、人麻呂は上級官僚だったが流罪の上で死んだために怨霊化したという説を採用していて、なるほどと思う部分もあるが、少し違和感もある。
それは、怨霊がそんなに怖いのなら、正史から抹消もできないのでは?というところで、このあたりの考察が欲しい。

本巻はさらにオカルトに影響を受ける平安時代の前ということもあってか、特に怨霊や言霊に関する話が多く、そうした影響に関して「史料に書かれていない」と否定的な歴史学者や国文学者に対する批判のトーンが強く感じられる。

本書の内容が面白くて刺激的なうちは、研究はまだまだということなのかもしれない。




にほんブログ村 本ブログへ

関連タグ : 井沢元彦, 逆説の日本史,


井沢 元彦 (著)
小学館 (1998/3/1)


井沢元彦による『逆説の日本史』シリーズの第2巻で、飛鳥時代と奈良時代が扱われている。
序盤が聖徳太子に関する呼称や「徳」のついた天皇の話、中盤が天智天皇、天武天皇、持統天皇といった動乱の時代の話、終盤が聖武天皇や光明皇后が当時の国力から不相応な東大寺の大仏や国分寺の建立をした経緯の話をしている。

厩戸皇子が聖徳太子と呼ばれる背景には悲劇があるとしていて、歴代天皇で「徳」の諡号がついたり殯の期間の異常な短い天皇の傾向から読み解いている。
例として崇峻天皇、孝徳天皇、崇徳上皇、安徳天皇、顕徳天皇(=後鳥羽上皇)などを挙げていて、祟りを避けるための対応が歴史学界の重鎮たちに理解されていないとの話に続いている。

中盤の話では唐と新羅が百済を滅ぼした国際情勢から国内でも旧百済派と新羅派の対立が大きく影響していた話、『日本書紀』に天武天皇の年齢が書かれていないことなどの不自然さから読み解く怪人・天武天皇の素性の考察、「大本営発表」の『日本書紀』で隠されたとする天智天皇暗殺説、持統天皇による血統へのこだわりや『古事記』との類似点など、謀略やらそれをごまかすための曲筆の話が多く出てきて重いが最も面白い。

天智天皇系と天武天皇系の系統が出てくるのは、中国の宋王朝で初代の趙匡胤(太祖)の系統と二代目で趙匡胤の弟の趙匡義(太宗)の系統があった話を思い起こしたりもした。

そして終盤の大仏の話では、やはりというかここでも怨霊信仰の話になる。
長屋王の悲劇からしばらくして発生した藤原四兄弟の死という、当時の人々には祟りとしか思えない事態、そして聖武天皇の嫡男の死や光明皇后など藤原氏の后からその後男児が生まれなかったことなどが大工事につながったとの話は理解しやすい。
ただ、話が少しくどいとも感じた。

久しぶりに再読した形だが、20年以上経過しても内容が古びていないようなのは改めてすごいと思う。




にほんブログ村 本ブログへ

関連タグ : 井沢元彦, 逆説の日本史,