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読書-歴史(日本:中世):雨読夜話

ここでは、「読書-歴史(日本:中世)」 に関する記事を紹介しています。



井沢 元彦 (著)
小学館 (1999/12/3)


井沢元彦の『逆説の日本史』シリーズの第5巻で、鎌倉時代を扱っている。

最初は頼朝の話で、頼朝が多くの奇蹟によって成功した「バカヅキ男」であることや、伊豆に流罪になったことで関東武士団の心情を理解して最高の神輿・傀儡になれたこと、罪人の頼朝を担いだ北条時政の先見の明、福原遷都や南都焼き討ちといった清盛のミス、この時期に発生した日照りが西国に飢饉、東国に豊作をもたらしたという気象的な話などが興味深い。

次が義経と奥州藤原氏の話で、まず前九年・後三年の役で源氏が奥州藤原氏に恨みがあるという背景から、義経の天才的な軍才とそれに釣り合わない政治センスの欠如に起因した急激な没落などが書かれている。
そしてこのシリーズらしく、平泉の中尊寺金色堂に頼朝から征伐を受けた藤原泰衡の首を含む4代のミイラが現存していることと、義経が生き延びたという伝説もまた、怨霊信仰が新たな時代になって別の鎮魂方法が生み出されたという見立てをしているのが面白い。

鎌倉幕府が成立した時期が諸説あるのは、頼朝が朝廷から東国支配権、日本国総地頭職、日本国惣追捕使、そして征夷大将軍と個別に利権や役職を獲得していったためで、これは古代ローマでアウグストゥスが元老院から執政官職権や護民官職権、神官長、裁判権などを個別に獲得して事実上の皇帝になった話を連想した。

源氏が三代で滅んだ話では、頼朝が皇室の外戚になろうとしたことと、実朝が和歌に没頭して後鳥羽上皇から『新古今和歌集』をいただいたことが武士たちからするといかに裏切り行為に当たるかを書いていて、実朝が鶴岡八幡宮で多くの公家が見ている中で暗殺された象徴的な意味という話が印象に残る。

その後に発生した承久の乱で主将として戦後処理をしたり執権就任後に『御成敗式目』を制定した北条泰時の話では、日本で初めて「革命」を成功させた人物として書かれていて、それでいて敵方である朝廷などからも評判が良かったという話には、日本的な心情に合った行いをしてきたであろうことが伝わってきた。

泰時の政策などは「大岡政談」などの元ネタにもなっているそうで、法律の順守よりも「納得」を最優先にしたことがポイントのようで、現実に合わない律令を改正や廃止せず、これまでの法制とは整合性もないが実態に合って「納得」が得られる『御成敗式目』を制定した部分がいかにも日本的だという。

この「法律より納得」という部分は現在でもあり、憲法9条(軍隊を保持しないとあるのに自衛隊がある)だけでなく、「護憲派」が触れられると嫌がるであろう憲法89条(公金を公共でない学校に出してはいけないとあるのに私学助成金を出している)の話につなげていて、ある意味現状は日本人にとって「自然」ということらしい。
(他国に通用するかはまた別の話)

泰時の政策に影響を与えた人物には明恵(みょうえ)という華厳宗の高僧がいて、こうした「自然」の考え方を説いたらしいとの話も書かれている。
明恵もまた泰時と同様に実績に対して不当に扱いが悪いようなので、関連した本を読んでみようかと思う。

これまでのシリーズも面白かったが、武士の時代になるとさらに面白くなっていることを感じる。





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関連タグ : 井沢元彦, 逆説の日本史,


井沢 元彦 (著)
小学館 (1998/12/4)


井沢元彦の『逆説の日本史』シリーズの第4巻で、平安時代中期から平氏政権の時代を扱っている。

前半が藤原氏が権力を握った過程と、敗者となった小野小町や大伴黒主、在原業平といった六歌仙、菅原道真、ライバルだった源氏などが、『古今和歌集』や北野天満宮、『源氏物語』など、神に祀ったりフィクションの世界で優遇することで怨霊が祟りをしないようにした話がなされていて、『万葉集』などを扱った前作の続きのような内容となっている。

後半が平安時代に軍隊の撤廃により、元々は私兵でしかない武士階級が出現して平将門の出現、そして院政が始まって白河上皇や鳥羽上皇のわがままにより朝廷内での対立を武士にやらせたことで保元の乱・平治の乱を経て平氏が政権を握って急に滅んだ過程が書かれている。

サブタイトルが「ケガレ思想と差別の謎」となっているのは、後半の背景に当たり、戦後の平和に関する考え方の問題点にも通じているために強調するためと思われる。
戦後に左翼勢力が唱えてきた非武装中立論がデメリットを言わない詐欺に近いものと断じていて、その背景には死のケガレに直面する軍隊もケガレたものという差別的な考え方と、平和は無条件で清らかなものという思い込み、平和の手段もまた正しいものでなければならないという考えなどが、日本人に昔から根付いていると語っている。
(戦乱の時代はそんなことを言ってられないので、あくまで比較的平和な時代の話)

これを読んでいると左翼の憲法9条論やら自衛隊解体論はGHQの洗脳とか中国や韓国などによる情報工作による部分が強いと考えてきたのだが、元々日本人が抱いてきた傾向を利用されているのだということが何となく分かってきた。

それにしても、武士はケガレた階級だから子供に父親を処刑させても問題ないという後白河天皇のやり方はひどく、江戸時代の朱子学的な史観では徳を失ったから武士の世の中になったと考えられていたのも分からないではない。
もっとも実際は、政権担当者であるべき藤原氏が占いと儀式と贅沢ばかりをやってガバナンスが機能しなかったことが直接的な原因であり、平安時代とは「ケガレたと考えたものを排除した社会がどうなるのか?」を教えてくれる時代なのだろう。

オウム真理教とか阪神大震災、司馬遼太郎の逝去といった執筆当時のトピックが多く入っているところには時代の変化を感じるものの、内容自体が古びていないのはすごいことだと思う。





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関連タグ : 井沢元彦, 逆説の日本史,


渡邊 大門 (著)
PHP研究所 (2019/9/14)


関ケ原の合戦についての近年の研究結果を、第一次史料を多く用いて紹介している作品。
司馬遼太郎著『関ヶ原』などから定説だと思われている俗説の真偽も含めて書かれている。

少し前に読んだ著者の『こんなに面白いとは思わなかった! 関ヶ原の戦い』をもう少し掘り下げて書かれたような感じの内容で、多くの研究者たちの説を多く紹介しているのが特色となっている。

例えば石田三成と直江兼続が密談したとか、七将に追われた三成が家康の屋敷に助けを求めてきた、小山会議で東軍の諸将が集まったといった話は第一次史料から分析するとありえない話のようで、いかに関ケ原の合戦が面白く脚色されてきたかが分かる。

読んでいくと抜け駆けをしたとされる井伊直政と松平忠吉は当初の先鋒だった福島正則と話がついていたらしいことや、西軍で伊勢や丹後を攻めていた大名の中には嫌々ながら戦っていた者が多かったこと、真偽で意見が分かれる「直江状」などで知られる兼続は直江家が断絶して苦情を気にしなくて良くなったので責任を押し付けられた可能性が高いなど、通説と異なる話は興味深い。

中でも毛利輝元が家康から圧力をかけられると頭を下げるくせに、上杉征伐で上方を留守にしたとたんに反家康の決起をしているところは小物感が強く、同時代の大名たちからあまり賢くないと評されているのも分かる気がする。

必ずしも「こうだったに違いない」と断定するのではなく、複数の説を併記した上で「こうだったのではないか?」と信憑性の高そうな考察をしているところに好感が持て、興味深く読むことができた。





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峰岸 純夫 (著)
講談社 (2017/10/11)


室町時代の関東で応仁の乱に先駆けて発生して30年もの間戦われた、享徳の乱について解説している作品。

戦国時代は応仁の乱から始まったとされることが多いが、著者は享徳の乱が始まりであり、応仁の乱にしても享徳の乱の処理が長引いたことが遠因としていて、読んでいくとなるほどと思わせてくれる。

構図としては以前読んだ水野大樹著『もうひとつの応仁の乱 享徳の乱・長享の乱: 関東の戦国動乱を読む』の記事にも書いた通り、室町幕府(足利義政・細川勝元)の支援を受けた関東管領(上杉氏)VS古河公方(足利成氏)でなされたもので、利根川(当時は東京湾に流れ込んでいた)沿いが前線となっていて、幕府方は武蔵の五十子(いかつこ)という地に陣を敷いて戦っている。

登場する人物や勢力が多すぎるためか、本書では代表として東上野の新田岩松氏を狂言回しのような扱いで紹介していて、一族内での争いや合戦での活躍、そして寝返り劇と、境界に位置する国人領主らしい動きが分かる。

戦いが長引くうちに、中世になされてきた「職の体系」と呼ばれる1つの土地に複数の領主(本家・領家・荘官・地頭など)が存在する土地システムが新田岩松氏のような国人たちに横領されたことで徐々に崩れ、1つの土地に1つの領主のみが存在する「戦国領主」が出現したことが書かれていて、その後に「戦国大名」が出現する前段階となっている。

この戦いも当然ながら双方ともに疲弊したようで、大雪で両軍が動かせなくなったことをきっかけに「都鄙合体」と呼ばれる和平が結ばれるが、幕府は目的だった成氏の討伐に失敗したわけで、成氏が勢力を確定した形となっている。

もう一方の上杉氏では長尾景春の乱や扇谷上杉定正による太田道灌暗殺などで内輪もめが発生し、「関東管領」という称号ではなく「大途」と称するようになった話も興味深い。

その後、周辺の甲斐、伊豆・相模、越後からはそれぞれ有名な戦国大名(武田信玄、北条氏康、上杉謙信)が登場するが、この地域から彼らに匹敵する存在が出てこなかったのも何となく分かるような気がする。

似た名前の人物が何人も登場して少し難しいが、知名度がやや低かった戦いについて丁寧に解説がなされていて、興味深く読むことができた。





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大村大次郎 (著)
秀和システム (2019/9/10)


信長の戦略や独自性について、経済の視点から考察・解説している作品。

著者の他の作品および、武田知弘名義の作品、それから上念司著『経済で読み解く日本史① 室町・戦国時代』などとテーマ的に重なるところもあるが、他の作品であまり書かれていなかったと思われる話もそれなりにある。

例えば、相撲が好きで現在の相撲興業の元となったらしいこと、名物狩りと称して京都の商人などから茶器を買い集めた時に金貨などで支払うことで金貨の流通を図った話などがそれに当たる。

また、史料を当たると信長は征夷大将軍ではなく太政大臣になっていた可能性、そして家臣の知行は所有ではなく単に管理の形だったらしいことを複数の例(例えば秀吉の所領だった長浜城は姫路城の代わりに取り上げられていた可能性)などから考察したこと、足利義昭から提示された副将軍や管領の官職を断ったことなどから、「朝廷の権威を用いた中央集権」という明治維新を300年くらい先取りした体制を目指していたのではないか?という話がなかなか刺激的である。

そして、この知行をいつ取り上げられるか分からない、というシステムに対応できなかった中途採用組の荒木村重や明智光秀が謀反を起こした、という話につながっている。

既に読んだことのあるテーマだが・・・と思いつつ読んだが、類書よりも新しい分だけ初めて知るであろう話をきちんと入れてくれていたので、興味深く読むことができた。





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関連タグ : 大村大次郎・武田知弘, 織田信長,