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読書-歴史(日本:中世・近世):雨読夜話

ここでは、「読書-歴史(日本:中世・近世)」 に関する記事を紹介しています。


もうひとつの応仁の乱 享徳の乱・長享の乱: 関東の戦国動乱を読む
もうひとつの応仁の乱 享徳の乱・長享の乱: 関東の戦国動乱を読む
水野 大樹
徳間書店 2018-03-27

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応仁の乱は京都を中心とした畿内を中心に展開されたが、それより以前に関東で続いていた享徳の乱と長享の乱、そしてその前後の政情を解説している作品。

室町幕府は将軍・足利氏の一族を鎌倉公方、足利氏の家宰の家柄に当たる上杉氏を関東管領として関東を管轄するシステムとしていたが、代を経るうちに鎌倉公方や関東の武士たちが自立の志向を持つようになり幕府と対立することが増えていく。

その結果本書でメインに扱われる乱の前にも上杉禅秀の乱、永享の乱、結城合戦と鎌倉公方や関東管領による戦乱が発生している。

そこから鎌倉公方・足利成氏が関東管領・上杉憲忠を殺害したことから享徳の乱が発生する。
これは鎌倉公方VS幕府の支持を得た上杉氏という構図で、関東や周辺の国人がそれぞれの陣営について戦っている。
具体的には結城、宇都宮、小山、千葉、三浦、佐竹といった諸氏で、寝返りや一族間の内紛も多く発生している。

さらに幕府の指示を受けて駿河守護の今川氏や信濃守護の小笠原氏も介入したり、戦いが続く中で山内上杉氏から冷遇されたことに不満を持った重臣の長尾景春も反乱を起こすなど、どんどん情勢が複雑になっていく。

この戦乱は江戸城を築城した扇谷上杉氏の家宰である太田道灌の活躍もあって終息するが、今度は主君の扇谷上杉定正が大田道灌を暗殺することでパワーバランスが崩れ、次の長享の乱が発生することになる。
こちらの構図は上杉氏の本家に当たる山内上杉氏・越後上杉氏VS新興の扇谷上杉氏という一族内の内紛がメインで、これに(鎌倉に戻れなくなった)古河公方、幕府から伊豆に派遣された堀越公方、しぶとく生き延びた長尾景春、今川氏の内紛を解決した伊勢宗瑞(北条早雲)なども絡んでくる。

共通するのは上杉憲実、長尾景信、太田道灌、足利成氏といった実力者が引退したり亡くなったりすることで、パワーバランスが崩れて戦乱が再開したり、例えば足利成氏と山名宗全が結びつくなど、応仁の乱や明応の政変(細川政元や日野富子が将軍・足利義材を追放したクーデター)といった畿内の情勢が密接にリンクしていることである。

応仁の乱もかなり複雑で奥が深い戦乱だが、本書で扱われている関東での戦乱もそれに劣らず時期も長ければ登場人物も多い。
違っているのは応仁の乱に比べて謀略や外交を行う度合いが小さく、直接的に武力衝突になるまでが早いことかと思う。

関東を中心に北条・今川・武田・上杉といった戦国大名が登場する前のことを知ってより幅広い理解ができたような気がしていて、大いに知的な刺激を受けることができた。






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戦国日本と大航海時代 - 秀吉・家康・政宗の外交戦略 (中公新書 2481)
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平川 新
中央公論新社 2018-04-18

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秀吉の朝鮮出兵前後の強硬な外交から、信長、秀吉、家康、政宗らの外交や大航海時代にスペインやポルトガルが日本に対して持っていた印象、日本が侵略を受けなかった事情などについて考察している作品。

イエズス会などのキリスト教宣教師たちは時代のこともあってかなり好戦的な者が多かったらしく、報告書ではすぐに日本を征服すべきだと主張しているものが多く残っているそうで、インパクトがある。
それに対してまずはキリスト教徒を増やしてから征服すべきだとの意見が採用されたようだが、どちらの方法が日本を征服しやすかったのかはよく分からない。

信長はスペインやポルトガルが多くの兵力を送り込めないことを見透かしていたために宣教に寛容だったが、反乱を起こした荒木村重からキリシタン大名の高山右近を切り離すために宣教師を脅迫することも辞さないなど、ドライに対応していることが分かる。

秀吉の時代が本書のポイントとなっていて、スペインやポルトガルが明や日本を征服する意図があることを把握した上で、先に明を征服する目的もあっての朝鮮出兵を行ったことが分かってくる。
朝鮮出兵の結果は失敗に終わるが、日本の軍事力をスペインやポルトガルに見せ付けることには成功し、これ以後は直接的な武力侵攻を諦めたことが書かれている。

これに対応して、外交相手だった戦国大名は文書に「王」と書かれていたが、全国を支配した秀吉や家康のことは「皇帝」と書かれていて、日本は明と同じレベルの「帝国」と認識されている話が興味深い。
当時の西欧で帝国は神聖ローマ帝国のみであり、想像していた以上に軍事大国だったということだろう。

家康の時代は当初はポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスと全方位外交を志向していたが、あくまで布教にこだわって日本船が貿易に参入することを嫌がるスペインとポルトガルには距離を置き、新教国で布教にこだわらない姿勢を見せるオランダ、イギリスを選んでいく過程が書かれている。
ポルトガルやスペインの史料には家康を悪く書かれたものが多いようだが、これは当事者の事情によるところが大きい。

伊達政宗では、支倉常長を代表とした慶長遣欧使節の話が扱われている。
この使節団は「徳川幕府に反乱を起こすため?」という説もあるが、幕府の役人も乗船していることから少なくとも勝手に実施したものでないことは分かる。
著者によるとスペインやメキシコと交易をする条件として、仙台藩をキリスト教の「布教特区」にすることを提案したのではないか?と推察している。
これも結局は交渉がうまくいかず、常長の帰国後すぐに仙台藩でもキリスト教の禁教令が出されている。

山っ気があってしたたかな交渉力を駆使する宣教師たちと、信長、秀吉、家康、政宗といった大名たちのやり取りは激しいものだっただろうことが分かり、思っていた以上に刺激的な内容となっている。
この時代は色々な意味でエネルギッシュだったのだろうと思い、さらに関心を持った。





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陰謀の日本中世史 (角川新書)
陰謀の日本中世史 (角川新書)
呉座 勇一
KADOKAWA 2018-03-09

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著書『応仁の乱』がベストセラーになって脚光を浴びた歴史学者による、日本史における陰謀論におけるあやしさや陰謀論が生み出される事情などを語っている作品。

平安時代末期の皇室・貴族・武士が絡んだ戦乱、源平合戦、鎌倉時代の源氏や有力御家人間の殺し合い、建武の新政から観応の擾乱、応仁の乱、本能寺の変、関ヶ原の合戦などが扱われている。

黒幕とされてきたのは後白河法皇、平清盛、源頼朝、北条一族、足利尊氏、日野富子、豊臣秀吉、徳川家康などだが、必ずしも彼らがシナリオ通りに事件をリードしたとは思えない史料を紹介し、陰謀論の危険性を指摘している。

登場する歴史上の人物にはそれぞれの思惑があって動くことでいくつも誤算が生まれるわけで、当初は別の落としどころを探っていたケースが多いことに驚かされる。

後世の権力者の都合や、勝者が陰謀を仕組んだとするのが分かりやすいこと、通説と異なる話を知っているという優越感にひたれるなどの理由で陰謀論が語られていて、納得しやすい。

そして歴史学者が陰謀論にあまりコメントをしないのは、荒唐無稽すぎて論破するのも時間の無駄と考えているためという。
そしてそれだと陰謀論が無秩序に広まることに問題意識を持ち、本書を執筆したことを書いている。

陰謀論は面白いのだが、危険な部分も多いので改めて気をつけなければならないと思った。






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江戸始図でわかった「江戸城」の真実 (宝島社新書)
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千田 嘉博 森岡 知範
宝島社 2017-05-26

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家康が関ヶ原の合戦後に天下普請として諸大名に築かせた初期の江戸城について、構造や特徴を解説している作品。

江戸城の天守閣は3度建造されていて、初期の頃の図面が詳細が分かっていないところが多かったが、2017年の2月に松江市が発表した「江戸始図」の発見によって判明し、それを語っている。

天守閣に複数の小天守を組み合わせた連立式の天守や、複数の枡形門や丸馬出といった兵を進出させる建造物、外様大名の屋敷から見るとより大きく見えるように計算された石垣の配置など、近世の城の長所を取り入れた形で攻撃・防御ともに優れた上に諸大名に反抗する気をなくさせるような大軍事要塞としての性格が分かってくる。

また、秀吉の時代まで主流だった「黒い城」ではなく、漆喰を多用した美しくて平和をイメージさせる「白い城」ということや、敗戦時の脱出ルートとされてきた半蔵門がそうではないことの説明、江戸の都市計画やインフラ整備など、下部構造の話がいくつも書かれている。

東京となるまでにも何度も変遷を繰り返してきた江戸城や江戸の街について、興味深く読むことができた。





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天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった: 一次史料が伝える“通説を根底から覆す"真実とは
天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった: 一次史料が伝える“通説を根底から覆す
乃至政彦 高橋陽介
河出書房新社 2018-04-23

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「関ヶ原」を読む: 戦国武将の手紙
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戦国大名と分国法 (岩波新書)
ワイド&パノラマ 鳥瞰・復元イラスト 日本の城
図説 戦国北条氏と合戦


一次資料(当事者たちの手紙や命令書、同時代人の日記など)から、通説として知られているのとは大きく異なる関ヶ原の合戦に際しての大名たちの動きを推察している作品。
BS-TBSで放送されている『諸説あり』でも扱われていた内容だったので読んでみた。

まず、現在の定説は江戸時代に書かれた軍記物(今で言う歴史小説)や戦前の日本陸軍による研究資料、そして司馬遼太郎の『関ヶ原』などの歴史小説などに影響を受けた部分が多く、一次資料では見つけられないものが多いという。

そこから一次資料でこれまで見過ごされがちだった内容を集め、新たな秀吉没後から関ヶ原の合戦に至る時期の歴史を組み立てている。

いくつも驚かされる話があるが、まずは秀吉が後を五大老・五奉行ではなく家康に代行を託していて、さらには家康と淀殿の結婚話までなされていたことにインパクトがある。
これには(秀吉の指示とはいえ)淀殿や大野治長らが猛反発したらしく、家康暗殺計画につながったようである。

次に、ボンボンのイメージが強い毛利輝元は反家康の策謀を繰り返していて、関ヶ原の合戦の首謀者は石田三成ではなく、輝元、増田長盛、長束正家、揺甫恵瓊(安国寺恵瓊)あたりだったことも書かれている。
大坂城で全体の指揮を執ったらしいのが長盛で、戦場の指揮官が正家と恵瓊というのは見栄えだけでなく能力もいまいちだったみたいで、石田三成が不満を述べた書状が残しているのも分かる気がする。

さらには上杉征伐時の上杉景勝が単独で戦う気満々だったらしいことや、関ヶ原や大垣、岐阜、赤坂といった美濃に布陣していた武将たちの布陣は大きく異なること(例えば家康は赤坂にいて桃配山にはいなかった)、土壇場で寝返ったとされる小早川秀秋は早い段階で東軍として動いていたなど、通説で語られるのとは異なる歴史が語られていく。

石田三成や小早川秀秋らのキャラクターが作られていったのは、さまざまな交渉の結果として生き延びた毛利輝元を守るためだったり、死んだ人物にあれこれ押し付けるのが都合が良かったのだろうと感じられる。

確かに本書で書かれていた形で歴史小説が書かれたとしても少し盛り上がりに欠けたと思うので、現在イメージされる関ヶ原に関する定説は、300年以上かけて日本人が好まれる形に作り上げられていったのだろう。

大きく刺激を受ける1冊で、さらに研究が進んでいくことを期待している。






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