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読書-歴史(世界:各時代):雨読夜話

ここでは、「読書-歴史(世界:各時代)」 に関する記事を紹介しています。



塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/8/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版20巻で、アウグストゥスから始まるユリウス・クラウディウス朝5代目で最後の皇帝、そして暴君の代表として有名なネロの治世を描いている。

クラウディウスを利用してのし上がったアグリッピナが息子のネロを擁立し、政治では哲学者のセネカ、軍事ではブルスをつけ、通説では最初の5年間は善政だったと評価されている。
しかし著者はセネカの影響はそれほどでもなかったし、その時期がセネカの政策だとしたら実務にうとい学者らしい失敗も多かったのでは?と書いていて、通説と異なるのが面白い。

そして母のアグリッピナを暗殺、離縁した妻を殺害といった暗い部分も、派手なイベントをよく開催するので大衆から人気があり、治世の後期に恐怖政治をやりだすまでは大目に見られてきた。

例えばギリシアかぶれで歌や芸術を見せることを好んだが、才能はそれほどでもなかった?みたいで、自分の趣味で周囲の人々に迷惑をかけているのはジャイアンを連想する。
このあたりは、北宋の徽宗皇帝とか、美濃で斎藤道三に追放された土岐頼芸とかなど、芸術家タイプを前面に出す君主はいい印象がない。

ローマの大火では真摯に対応しているが、再建時にギリシア風の街路を建設したのが不評だったようである。
大火は実はネロが街を造り直すために放火したのでは?との疑いを持たれ、キリスト教徒になすりつけて迫害したという話も扱われていて、これがキリスト教世界でネロが暴君の代表になった要因でもある。
(歴史学者の本村凌二氏の作品では、迫害したのはキリスト教徒ではなくユダヤ人の一派だったんじゃ?と書かれているが)

軍事や外交でも部下への権力移譲に失敗しがちで、東方の宿敵・パルティアがローマの同盟国・アルメニアの王位にパルティア王の弟をねじ込んだ問題に対しての初動を誤り、しばらくごたついている。
ここで司令官となったコルブロという人物は、「パルティア王の弟がアルメニア王になるのを認める代わりにローマを訪れてネロから戴冠の儀式を受ける」という、それまでアルメニアと組んでパルティアをけん制するという方針から一転した合意をパルティア王と結ぶことに成功していることに驚かされた。

ネロや大衆はパルティアに合戦で勝利することを望んでいたが、パルティア王の真意(弟がアルメニア王に就任できれば他の条件は妥協できる)や、ローマ人の心情(勝てなかったパルティアの王族をローマに呼びつけるという名誉)を把握した上での実現したことから見ても、どの時代でも活躍できた人物だったのだろう

そのコルブロも軍内部で発生したネロ暗殺計画への関与を疑われて粛清され、恐怖政治となったことで元老院や大衆、さらには軍からも見放されたことで自殺に追い込まれる最期を遂げている。

ネロが死んでからはユリウス・クラウディウス朝に連なる血筋の人物が擁立されることはなくなり、スペインで反乱を起こしたガルバなどの実力者たちが争う時代に入り、このシリーズでは『危機と克服』編に入る。

巻末では、『悪名高き皇帝たち』編に登場した皇帝がなぜ悪く書かれたのかの考察が書かれている。
タキトゥスやスヴェトニウスといった、ネロより少し後の時代の歴史家が、ティベリウスからネロにかけての治世をこき下ろすことが多かったようだが、著者はこれを「資本主義が盛んな時代における裕福なマルクス主義者みたいなもの」と評していて、朝日新聞や東京新聞の言説を思い起こすとなるほどなとなる。
何をやってもやらなくても、素晴らしい善政だったとしても、文句をたれる人々は一定数いるのはいつの時代でも同様なのだろう。

決して名君ではないが、その後の勝者たちの都合で実際以上に暗君とされた感があるネロが描かれていて、後世の都合で印象が変わってくるという傾向を再認識でき、本書も興味深く読むことができた。






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塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/8/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版19巻で、ゲルマニクスの弟、カリグラの叔父に当たり、カリグラを暗殺した近衛軍団から擁立されたクラウディウスの治世を扱っている。

彼は血筋はいいが体に障碍があったのでそれまで皇位継承者と見なされておらず、50代で皇帝に即位するまでは歴史家として活動してきた。

それが突然皇帝に祭り上げられた形だが、歴史家皇帝としてカリグラの浪費による財政破綻からの再建、ローマの外港建設などのインフラ投資、反ローマのドルイド教勢力が集まっていたブリタニア征服など、その後のローマの基盤づくりとなる政策を多く実施できた背景には、歴史に学んできた者の長所が出ている。

元老院の会議や裁判などにも真面目に出席したり、家の使用人だった解放奴隷たちを官僚として使いこなしたなど、13年の統治で燃え尽きたと著者が評するのも分かる。
(解放奴隷たちに権力を与えたことは、側用人とか宦官みたいな感じになったのか、元老院からは評判が悪かったらしいが)

ただ、期待されない生涯を送ってきたことで威厳を持つことを知らなくてバカにされがちだったことや、仕事には熱心だが家庭のことはあまりタッチしたくない人だったこともあり1人目の妻も2人目の妻も悪妻というのが、少し後の歴史家からけなされている。
そして2人目の妻であるアグリッピナからは、連れ子のネロを後継者にねじ込まされた上、用済みとばかりに毒殺されるという最期を遂げている。

クラウディウスは仕事熱心だが家庭のことには気を使いたくないという、バブル期の会社員みたいなキャラクターのように感じていて、確かに皇帝らしさはあまり感じられない。
このあたりが不人気だったのだろうが、実績は実績としてもっと評価されてもいい。

このシリーズは次が暴君の代表として有名なネロで、まだまだ続きを読み続けていく。






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塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/8/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版18巻で、ティベリウスの治世の後半と、次の愚帝として暗君の代表者の1人に挙げられることが多いカリグラの時代を扱っている。

ティベリウスは元老院議員たちのレベルの低さや養子の未亡人だったアグリッピナとの確執が嫌になったのか、ある時ローマを「家出」してナポリ沖合のカプリ島に引きこもり、手紙を出す形で政治をやるようになっている。

それでも、それまでの指揮命令のシステム作りがうまくいったようで政治は機能していたが、アグリッピナによるクーデターの疑惑があったために排除したり、ローマで自身の指令を受け持ったセイアヌスという親衛隊長が増長して専横の動きを見せたことを察知して粛正するなど、晩年は恐怖政治に陥っていたことが書かれている。

そのクラウディウスの後継者となったのが、評判が良かった上に若死にしたことで偶像化された感のあるゲルマニクスの息子であるカリグラで、民衆からの期待が大きかったことが悲劇につながっていく。

先代のティベリウスが人気取りをしなかったり晩年の恐怖政治で不人気だったことから、イベント開催やバラマキなどを盛大に実施したことで大衆からの人気は高かったものの、莫大な浪費のために財政が破綻状態に追い込まれ、金策のために元老院議員を罪に落として財産を巻き上げるような手段を取るようになり、このあたりから愚帝とされる部分が目立っていく。

また、自分自身を神だと公言してそれに付随した政策が評判が悪かっただけならまだしも、当時では少数派だった一神教を信仰していてオリエント地方ではギリシア人と勢力を二分していたユダヤ人たちから反発されたり、政治や外交での失策を繰り返したことで、親衛隊から暗殺される末路をたどっている。

カリグラが帝位についたのが24歳で経験不足だったことや、カリグラ以外に血筋や年齢で適格な人物がいなかったのが不幸だったということなのだろうが、ティベリウスがカリグラに後見人というかブレーンになるような人物をつけることができなかったことも悲劇を拡大したように感じた。

次の巻はカリグラ殺害後にたまたま近くにいたという(だけの)理由で親衛隊から皇帝に擁立された、カリグラの叔父に当たるクラウディウスの話になり、これも続けて読んでいくつもりである。






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本村 凌二 (著)
PHP研究所 (2018/3/20)


ローマ帝国の歴史を教養の観点から、個々の事件などよりも大きなポイントから解説している作品。
先日読んだ著者の『はじめて読む人のローマ史1200年』を、より詳しくした感じになっている。

塩野七生著『ローマ人の物語』シリーズはアウグストゥスの治世までは読んでいるので前半はある程度知っているつもりだが、それ以降はあまり自信がないので、そのあたりは特に興味深く読んだ。

特に、ネロが死んでからの混乱期と、コンモドゥスが死んでからの軍人皇帝時代は皇帝が短期間で何人も入れ替わっているのでなかなか分かりにくいが、その中でも広すぎる領土を分割統治したり、軍制や税制、貨幣などの分野で改革を図るなど、時々名君が出てきてローマのシステムを継続させようとする努力が感じられるところがいい。

また、ネロの時代にキリスト教の弾圧があったとされる件は、史料の誤読が定着したためでその頃は皇帝が目障りに感じるほどキリスト教徒はいなかったのでは?と否定的な見方をしていたり、ローマが徐々に滅んでいった過程は多くの変化が出てきた新しい時代と肯定的に捉えるのもひとつの見方など、著者による見方を語っているのも興味深い。

『ローマ人の物語』をさらに読み進め、理解を深めたいと改めて思った。






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塩野 七生 (著)
新潮社 (2005/8/28)


『ローマ人の物語』シリーズの文庫版17巻で、アウグストゥスの後を継いでローマ第2代皇帝になったティベリウスの治世の前半を扱っている。

前作で血縁者を後継者にしたくて頑張ったアウグストゥスだったが諸事情でかなわず、連れ後の息子で実績・年齢ともに十分なティベリウスが第2代皇帝になったが、2代目の大変さだけでなく、甥に当たるゲルマニクスを次の皇帝に指名されていたこともあって中継ぎと見られたことで、かなり苦労せざるをえない状態で治世が始まっている。

そのティベリウスは、アウグストゥスが帝政を始めるために支出がかさんだことによる財政を健全化するための緊縮策や、アウグストゥスが始めたが少し無理があったかもしれないゲルマニアのライン川以東・エルベ川以西からの撤退など、皇帝が代わってもローマがある程度機能するための体制づくりに多大な貢献をしたことが書かれている。

ただしこの手の政策は地味で目立たないこと、緊縮策の1つとして剣闘士の試合を主催するなどの人気取り政策に消極的だったこと、あまり前線に出ずに大衆へのアピールをしなかったことなどで、ケチで陰気なイメージがついてしまったのは仕方がないことなのかもしれない。
もしかすると、どんなに人気取りをやってもカエサルやアウグストゥスには勝てないので、ハナから人気取りをあきらめていたのかもしれない。

それでもティベリウスは人材の抜擢や登用、情報収集や決断といった能力に優れていたため、例えばローマを不在にしてナポリにいた時期に有事が発生した際も的確な指示を出し、事態を収拾しているのは当時の情報伝達のスピードを考慮するとすごいことだと感じた。
まさに、人を使うことに長けた指導者だったのだろう。

政策は順調に見えたが、才気あふれ大衆からの期待も高かったゲルマニクスが病死(毒殺説もあり)、実子のドゥルーススも病死と、後継者に関してはティベリウスもアウグストゥスと同様に苦労することになる。

さらにゲルマニクスの未亡人との確執や、元老院議員たちの能力・意欲の不足にも悩まされる話が書かれていて、次の作品ではカプリ島に引きこもった後の話に続いていく。

ティベリウスは後世の史家たちからは前述の事情もあって評判が良くないようなのだが、本書を読んでいる限りでは現実主義者で堅実な人物だったことが分かる。
ただ、同時代にそのような指導者がいたとしたら、色々と叩かれただろうな・・・というのも分からないではない。






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