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読書-歴史(日本:近代):雨読夜話

ここでは、「読書-歴史(日本:近代)」 に関する記事を紹介しています。



安藤 優一郎 (著)
朝日新聞出版 (2020/8/11)


タイトルにあるように、明治時代に徳川慶喜の復権について渋沢栄一と勝海舟が対立していたというエピソードを紹介している作品。

渋沢は慶喜に取り立ててもらった恩義を強く感じている一方、勝は慶喜から敗戦処理時の交渉だけを押し付けられて役目が終わったらすぐに左遷されたことに面白くない感情を持ち、2人は慶喜に対して正反対に近い感情を持っていたことが書かれている。

さらに、渋沢は勝と初めて会った時に小僧扱いされてプライドを傷つけられたことや、勝が新政府軍との交渉をやっていた時期に慶喜から交渉方法が綱渡り的で危なっかしいと苦言を呈されて反論したなど、さらにこじれた要因も紹介されている。

慶喜は新政府軍から比較的早い段階で謹慎処分を解除されたのだが、勝の進言もあって静岡から東京に出てこなかった時期が長く、渋沢から見るとこれが「勝が慶喜を静岡に閉じ込めている」ように見えたようである。

勝からすると慶喜が東京に出てくると政争に巻き込まれる危険があったことや、慶喜自身が朝敵という立場を重く受け止めて自粛していたこともあり、期間はともかくとして不安定な時期に東京に出てこなかったのは妥当な判断だったと感じている。

それでも渋沢と勝はそれぞれの立場から慶喜の東京復帰、そして明治天皇への謁見も実現できているので、それらは非常に良かったことと思う。

そして勝の死後、渋沢が慶喜の自伝を書くという事業を始め、初めは嫌がっていた慶喜も途中からは率直にインタビューに応じるようになったことも書かれている。
その中で、勝が話したり書いたりして広まっている話で事実ではないことも多く証言していて、いかにもありそうな話だと少し笑ってしまった。

これまで意識することがあまりなかった、幕末から明治にかけての偉人たちの関係性が分かりやすく書かれており、興味深く読むことができた。





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関連タグ : 渋沢栄一, 安藤優一郎,




司馬遼太郎が明治時代を新興国家に見立てて語っている歴史エッセイの下巻。

明治初期にキリシタン禁制がまだ解かれていない頃に英国公使のパークスと大隈重信が激論を交わした話や、東郷平八郎が10歳くらい年下ということにして英国の船乗りの学校で学んでいた話、勝海舟がオランダの海軍軍人だったカッケンディーテから「国民」の概念を学んだのではないか?という仮説、伊藤博文がプロイセンやオーストリアで憲法の研究をしていた話が書かれている。

大隈がパークスにも負けずに言い返しているところは現在の日本にもそのような人物がいたらいいのにと思ったが、この手の人物は野党から言葉尻を捉えて失言だと騒がれそうな気もした。

伊藤がプロイセンのヴィルヘルム1世から議会に力を与えすぎないように助言を受けたのにあまり従わなかったなど、伊藤とそのスタッフたちが何もないところから大日本帝国憲法を制定したのは時間や労力を考慮するとかなりの成果だと思う。
さすがに統帥権の問題が後で出てくることまでこの段階で防ぐのは難しかっただろう。

本書のあとがきではNHKで1989年に「太郎の国の物語」というタイトルでドキュメンタリー番組として放送されていたそうで、知らなかったので少し驚いた。
本を読んだので内容はほとんど重なるだろうが、少しだけ関心を持った。







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司馬遼太郎が明治時代を新興国家に見立て、「透明なリアリズム」のある時代であることや、それに先立つ幕末の時代背景などを語っている歴史エッセイの上巻。

はじめの方では江戸時代の遺産として小栗上野介による横須賀のドックが日清・日露戦争の勝利に大きく貢献したことが書かれている。
小栗が最後の将軍・徳川慶喜に対して提言した戦術が明治新政府に恐れられたこともあって小栗は逮捕・斬首されたが、生き残ったとしても新政府には仕えなかった可能性が高いように感じた。

中盤では薩長土肥(薩摩・長州・土佐・肥前)のそれぞれの特色が新政府での人材登用に現れた話が興味深い。

そして、明治維新では他国にそのまま参考にできそうな体制がすぐに見つけられなかったこともあり、どのような国家にするという青写真がなかったことが書かれている。
これは歴史のIFとして、佐幕派が勝利しても似たようなことが起こったのではないかと感じた。

このあたりから西郷隆盛が多く出てきて、紀州藩の津田出という人物が実施した改革に感銘を受けたり、廃藩置県に際して薩摩藩で実権を握っていた「藩父」島津久光から安録山と罵られて気に病んでいた話が印象に残る。
頑迷とされる久光も実際は賢い人物だったらしく、それだけに事態がこじれたことが伝わってくる。

他にもマリア・ルス号事件が発生した時の外務卿だった佐賀藩出身の副島種臣が時代背景があったからこうした教養豊かな人物が登場したわけで、もう出てこないと書いているなど、独特な視点からの話が書かれている。

著者の作品では脱線がつき物だが、『街道をゆく』シリーズみたいに読者が興味を持ちようもない著者の近辺の話しなどはせず、あくまで幕末・明治の話の範囲内での脱線なのでそれほど気にならない。

再読という形になるが、改めて興味深い作品であることを再認識している。






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明治時代に実施された政策や産業振興、制度改革などを経済的な観点を中心に解説している作品。

教科書などでは欧米に倣って富国強兵政策を採用することで近代化したようなことがさらりと書かれているが、政策には多額の資金が必要だし、江戸時代のシステムからの変更には大きな抵抗があったわけで、これらがいかに大規模な改革で実現が難しいものだったかが分かる。
これは他国が似たようなことを試みて失敗した事例がいくつもあることからも、類推しやすい。

まず、版籍奉還(藩主の廃止)、廃藩置県(藩の廃止)、秩禄処分(士族への給与打ち切り)という一連の政策は現在考えるよりも抜本的な改革だったことが書かれている。
西南戦争のように士族の反乱が頻発したのは秩禄処分が遠因なのだが、大多数の平民から支持を得られるわけがないので、比較的短期間に鎮圧されている。
これも他の国だと、内戦が何年も続いたとしてもおかしくなかった。

また、地租改正は武士の領地とされてきた多くの農地を農民に無償で支給するという大規模な農地解放政策で、戦後の農地改革とは桁が違うものだったことが書かれている。
教科書では農民の負担が増えたようなことが記述になっているが、これも誤りで地租改正によって増産の意欲がましたことで生産高が江戸時代の2倍以上になっているデータには驚かされる。

鉄道建設や電信設備といったインフラ整備もかなり早い段階で実現されていて、しかもほとんどが自国で実施したのが欧米以外の国では初めてで大きな意義を持っている。
これは当時盛んだった帝国主義時代に外資でインフラ整備をすると、例えば清朝の南満州鉄道のように権益を支配されていたことからも、独立を維持するための先人たちの努力には頭が下がる。

他にも総合商社が外国商人のあこぎな商売に対抗して結成された経緯や、伊藤博文が四民平等などのラディカルな政策を次々と実現させたこと、渋沢栄一が大蔵省時代に立ち上げた「民部省改正掛」という改革チームの業績、日清戦争や日露戦争を戦った戦費の捻出、松方正義による日本銀行の設立など、多くの話が書かれていて濃い内容となっている。

特に、松方が金本位制を採用した上での中央銀行としての日本銀行設立には、伊藤や渋沢のような先の見える有識者でさえも反対していた話には、いかに近代の金融システムが理解しにくいものだったのかが感じられる。

明治維新にはいい面、悪い面とさまざまな評価がされるが、ひどい状態になるシナリオはいくらでもあったと思うことを考えると、高い評価をつけることに異論はないと考えている。

戦後に広められた教育ではあまり触れないようにされていた部分が多く書かれていて、非常に読み応えがあった。






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日本が幕末期の開国から明治期の国会開設で近代化のひと段落がついた時期にかけてそれほど悪くない状態で乗り切ってきたことについて、当時の支配階層で「柔構造」が形成されていたためではないか?という仮説から明治維新を語っている作品で、歴史学者と開発経済学者という異色の組み合わせで執筆されている。
元々はイギリスの教授からの依頼で日本を含めた開発の比較をするために書かれた論文を、一般向けに加筆・再構成したものという。

この柔構造というのは以下に大別した4つのグループが対立したり協定を結んだりして、方向性の異なるさまざまな政策を実現していったことを指していて、例えば第二次大戦後に東アジアなどで多く見られた開発独裁などとは様相がかなり異なると指摘している。
  • 富国:大久保利通など
  • 強兵:西郷隆盛など
  • 憲法:木戸孝允など
  • 議会:板垣退助など
それぞれのグループの中にも保守派と革新派、手本とすべき国の違いなどもあり、さまざまな人物がくっついたり離れたりしていることが書かれている。
これを混乱していると書かれることが多いわけだが、本書では積極的に評価している。

こうした体制が成立した背景はというと、幕末に多くの藩で藩士たちが藩内で議論を深めたり他の藩との外交することで藩を超えたグループを形成するなどしたことが書かれている。

その中でも考え方の違いを越えてまとまりがあった薩摩、そして政争で主導権を握った派閥が前の派閥の政策をあまりひっくり返さなかった長州がリードした要因だとしている。
例えば薩摩では西郷、大久保、小松帯刀、吉井友実、伊地知正治らが考え方の違い(例えば伊地知は武力倒幕に反対で徳川慶喜の新政府への参加を主張)を越えてまめに連絡を取り合いながら自由に行動できたことが書かれている。

一方、執政の吉田東洋が暗殺されてから武市瑞山ら勤王党が失脚するまで後藤象二郎らが出てこれなかった土佐、重要な時期に横井小楠や由利公正らが干されていた越前、藩主のリーダーシップが強くて藩士間のまとまりが弱かった肥前などは、こうした部分で後れを取ったという。

そして明治を準備した江戸時代の社会、さらには梅棹忠夫の『文明の生態史観』なども用いて日本の地理的な条件も含めて話を展開している。

開発経済学者も明治について語っているだけあって、歴史学者の著作では出てこないような表現や概念も出てきて、思っていた以上に興味深く読むことができた。もっと売れてもいいと思う。






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