読んだ本の感想をつづったブログです。


逆説の日本史〈11〉戦国乱世編―朝鮮出兵と秀吉の謎
逆説の日本史〈11〉戦国乱世編―朝鮮出兵と秀吉の謎井沢 元彦

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逆説の日本史シリーズの秀吉編。今回は秀吉の右手が実は6本指だったという衝撃的な箇所から始まっている。この記述は宣教師のルイス・フロイスが書いていたようで、ある本では「秀吉を嫌ったあまりのでたらめ」と批判していたが、前田家の文書でもこの記述があることや秀吉の肖像画での不自然さを考えるとあながちでたらめでもないかも知れないと思った。

どうも秀吉はその成功があまりに鮮やかなので、教科書などでは織田家の乗っ取り経過が軽めに書いてある傾向があるが、乗っ取りは乗っ取りであり、持ち上げすぎることは考えものだろう。

秀吉の朝鮮出兵は秀吉個人の妄想から出たかのように書かれているが、当時の政治状況からみると方法をそれなりにうまくやっていれば明・朝鮮への進出はそれなりに可能だったのではないだろうか。明は中央集権であることを考えれば、朝鮮にて一揆を起こさせた上で味方につけ、女真族と連合して北京を陥としてしまえればどうなったか分からない。指揮系統については前田利家か蒲生氏郷あたりを総大将に任命すれば、あれほど揉めたりはしなかっただろう。なにより敗因は情報不足と兵站の軽視に尽きるだろう。

どうも秀吉はキリシタン勢力におだてられて明への進出を決め、キリシタン勢力は日本と明が争ってお互いが疲弊してその漁夫の利を狙うつもりだったのではないだろうか。ここでスペインがレパントの海戦で英国に敗れたことで東アジアへの進出が止まったという部分が従来見落とされがちな点であり、面白かった。


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バカを追求し、バカをバカにした本。
著名人をバカにした部分が特に面白い。田嶋陽子に田原総一朗、佐高信あたりをけなすあたりなどが笑える。
佐高の本はパラパラと立ち読みするだけでも人をけなすばかりの文章というのが分かるので、買ったことがないが確かに文章は下手で表現が下品だと思う。

渡部昇一については、『日本史から見た日本人』などの著作が面白かったため、そこまで納得できるほどではなかった。『知的生活の方法』がバカにする対象になっているが、まあ読まなくてもいいか。この人は弱者切り捨ての志向があることは以前から気付いてはいた。大前研一もこの手のタイプと思うが、本書では出ていない。

後半の方はバカに対して疲れてきたのか、やや切れ味がなくなってきているような気もする。バカなあとがきに対して1章を使っているが、これは引っ張りすぎか。
著者が最後の方で「世に必読の書などない」と言っているが、これはその通り。

役に立つ本とは言えないが、それなりに笑えた。1度は読むが2度は読まないかも。

[本書の文庫版]
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信長と十字架―「天下布武」の真実を追う (集英社新書)
信長と十字架―「天下布武」の真実を追う (集英社新書)立花 京子

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従来あまり述べられることのなかった、信長と南欧勢力(スペイン・ポルトガル王国とその尖兵であるイエズス会の宣教師、キリシタン大名の大友宗麟、日本のキリシタン)のつながりについての論考。

簡略化して言えば信長の背後には南欧勢力がスポンサーとして美濃侵攻前から支援しており、信長はその意向に沿って天下布武に向けて動いていたということを多数の文献より論考している。

イエズス会と信長の接近は上洛以降だと思っていたが、実際には尾張統一したかしないかの時点でなされていたということ、また信長の後ろに九州のキリシタン大名である大友宗麟がついていて銃砲の輸出という援助を行っていたということについてかなり知的興奮を受けた。

歴史の結果から見ると信長が選ばれたのは必然のようにも感じられるが、キリシタンが当初三好一族にも接近を試みているところをみると、朝倉氏や斎藤氏、今川氏などではなくてなぜ信長が選ばれたのだろうか。このあたりはよく分からなかったが、結局近畿付近の大名では信長しか相手にしてくれなかったのだろう。

このつながりにおいてキーマンは足利義輝の異母弟と言われ、足利義昭の将軍就任に尽力し、更にはキリシタン大名でその上古来の風習にも通じた細川藤孝であるが、この人はある意味黒田如水などよりも陰謀家だと思う。

信長はその後何らかの理由で南欧勢力と朝廷の陰謀により本能寺の変で消されたとあるのだが、このあたりはかなり強引で、もうすこし検証が欲しいところ。信長の後継者として羽柴秀吉と明智光秀を比べて秀吉が選ばれたとのことなので、その後の論考として『秀吉と十字架』でも書いて欲しいところである。

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2週間前の土曜日に、大学の社会学研究室での同窓会に3年ぶりに参加するために山口へ行った。新幹線で行ったわけだが、学生時代に小郡駅だったのが新山口駅に変わっていたことに時代の流れを感じた。また、小郡町は山口市との合併が暗礁に乗り上げたようだ。

3年前は東京で開催された際に参加したが、その時は50人ほど参加していて今回もそれくらい来ていると思ったが、僻地での開催ではあまり集まらないようで、30人程度であった。構成もほとんどが地元在住の人であり、年齢もかなり高めであった。
なお、20代は私と同級生の2人であり、場違いないしはやや微妙なものがあった。もっとも同級生のうちに遊びに行くということがあったから今回参加したのだが。

挨拶の後にO先生より台湾や中国遼寧省の大学への視察や学術交流の模様をプロジェクタにて紹介された。現在中国では社区という大きな建物に集団で暮らすという形態ががコミュニティを形成しているようであり、全く知らなかったのでかなり勉強になった。また、新刊も出したということであり、題名は忘れたがそのうちに読むかもしれない。

その後懇談となったが、多くの方は公務員や定年を過ぎた方(しかも元公務員だったりする)が多く、このタイプの方は暇があってしかも見聞が狭そうなので話があまり面白くない。どうやら同窓会はもう少し年をとってからのほうがいいようだ。

懇談会が終わった後に先生方と喫茶店にてコーヒーを飲んだが、ここでの話題は独立行政法人化後の学内運営の困難さについてであった。「独立」と名はついているものの、実際は文部科学省の許可がないと資金も集まらないそうで、全然独立行政法人でないということだった。私学と違って学内運営があって研究に集中できないのは大変そうである。体調を崩さないで欲しいと思う。

その後は県立図書館近くの川へ行き、蛍を観て同級生と先生の3人で少し飲んだ。別の同級生の話題となり、彼は私の同業者だったのだが体調を崩したとかで退職したとのこと。やはり社会に出て3年も経つとこのようなことも出てくるものだな。他にも近況についてなどしばらく話をし、互いの健勝を祈って別れた。久々のことでありいい気分転換となったと思う。

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漢の高祖劉邦の謀臣として活躍した陳平の小説。張良・蕭何・韓信の3人に次ぐ有能・有名な家臣であった。得意分野は謀略・調略であり、劉邦のライバル項羽をその参謀である范増と仲違いさせて切り離したり、匈奴に包囲された際に単于(匈奴の王)の皇后に賄賂を贈って和平を結ぶなど、多くの危機を救う活躍をした。

人間的には賄賂を取ったり兄嫁と密通するなどやや問題のある人物だったようだが、問題のあるような人物だからこそ人をあっと言わせるような謀略を立て、実行することはできたのだろう。

陳平が素行を非難されて失脚しかかった時に、友人の魏無知が”危急の際に聖人が役に立ちますか?このような危機だからこそ異才の者を推薦したのです”と弁護したが、楚漢戦争のただなかではまさにその通りだと思う。

この手のタイプの人物は多くの場合周囲の無理解や嫉妬のためにつぶされたり埋もれたりすることが多いが、陳平にとっては魏無知のような友人に恵まれたことが幸運であった。

危険な人物であることも確かであり、日本で言えば黒田官兵衛がこのタイプか。劉邦もこの点は認識していたようで、今後の宰相についての話でも”陳平1人に任せるのは危険なので王陵の補佐”としていることからもそれがうかがえる。

何を考えているのか分からないので一緒に仕事をするのはどうかと思うが、話をしてみるとおもしろい人なのではないかと思う。

[司馬遼太郎による、この時代の英雄を描いた長編]

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