読んだ本の感想をつづったブログです。


もしも義経にケータイがあったなら (新潮新書)もしも義経にケータイがあったなら (新潮新書)

鈴木 輝一郎 (著)
新潮社 2005-06-16

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悲劇の英雄として人気の高い源義経だが、現代のビジネスマンとして置き換えるとどうなるか・・・という視点から義経の行動をややからかい気味に読み解いている本。

義経の軍事面における成功があまりに鮮やかなので目立っていないのだが、上司(頼朝)への報告・連絡・相談を怠り独断行動が多く、しかも先輩かつ副官格の梶原景時とも不仲な上に直属以外の部下たちからも人気がなかったという、平社員や自由業としては成功するかもしれないが企業の管理職的なポジションに就くにはかなり不適格な人物であることが分かってくる。

タイトルにあるケータイというのは報・連・相のことを言っており、仮に義経がケータイを持っていたとしてもあまり頼朝にはかけなかったのではないか、あるいは頼朝も義経のような問題児にはケータイの番号は教えたりしなかったのではないかとは思う。
何せ、軍議の場で景時と言い争いとなり、単に景気付けではなく本気で「戦は、一気に攻めまくって勝つから気持ちがいいのだ」という総司令官にあるまじき言葉を吐いてしまった人物である。

義経のほかにも平清盛、源頼政、木曾義仲、景時、頼朝などの人物についても、ビジネスマンとしてどうかという考察もあって面白い。
文章もくだけた感じであり、それほど難しい部分も出てこないので気楽な感じで読めるのがいい。

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アジアは近代資本主義を超える
アジアは近代資本主義を超える
榊原 英資
中央公論新社 2005-07-11

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日本と世界が震えた日 ―サイバー資本主義の成立 (角川文庫ソフィア)
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近代資本主義は普遍的なものではなく、欧米でたまたま発生したものだと論じ、今後アジア流の開かれた多様性のあるシステムができてくるのではないかと大局的な観点から推察している本。

著者はミスター円と呼ばれる元大蔵省の財務官で、通貨や為替の観点から語るのかと思いきや、文化や文明にまで対象を拡げた上で過去から現在に至るアジアの状況を論じているので意外な思いがした。

第2章ではアジアで起こっている企業を主体とした経済統合の流れを述べており、統合の経緯をEUと対比している。
EUは国家が主体となって制度作りから始まったような印象だが、アジアではあまりに国家が多様・異質なためにそのような形での統合は発生しづらく、緩やかかつ着実な形での統合が進んでいるという。
ニュースではどうしても国家間の経済で協力もうまくいかないかのように思えるが、どうしてアジアなりの形で交流は進んでいるという話には、アジアもなかなか捨てたものではないなと思った。

また、第7章では日本文明の独自性を述べている。
権威と権力、権力と富の分離は日本論でしばしば述べられることだが、公家的な雅の力で武家的な荒々しい力を抑えようとする考え方があったとする論はこれまで接したことがなかったのでかなり新鮮に感じた。

川勝平太や白石隆などアジアや文明の専門家の論を引用している部分が多くて<読みやすいとは必ずしも言えないが、それだけに多くの見方を教えられる。
文明の大きな流れの中からアジアの開かれた形での統合が進んでいくのではないかとの著者の考えには、多少楽観的なところはあるものの、こうあって欲しいとの希望もあり納得する部分も多かった。


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風塵抄 (中公文庫)
風塵抄 (中公文庫)司馬 遼太郎
中央公論社 1994-07

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風塵抄〈2〉 (中公文庫)
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ひとびとの跫音〈上〉 (中公文庫)
歴史の中の日本 (中公文庫)


司馬遼太郎が80年代末から90年代初めにかけて産経新聞へ連載していたコラムをまとめたエッセイ集。

司馬の高座から歴史を観る語り口は健在で、現代にも残る習慣や文化についてそれらの歴史的経緯を語っていく。

当初は時事に関わらないテーマを語っていたが、当時の東欧民主化やバブル景気、湾岸戦争など激動の時代だったためか後半ではそれらに関係したことも語るようになっている。
あとがきでも、前代未聞の出来事が相次いだからと述べている。

ソ連や中国に関しては、広大な領土と多彩な人民が重荷になっていると語り、社会主義を大脳主義と例えて、計画経済がうまくいかなかったのは脳が内臓を動かしたり細胞の代謝ができないのと同じであるとしているのはなかなか面白い言い回しだと思った。

また、他の著作でも語られているが、当時のバブルによる地価高騰とそれに伴い土地や美術品の投機に奔るという風習がイヤで仕方がなかったらしく、彼の考えを知る上で参考になる。

[本書の続編]
風塵抄〈2〉 (中公文庫)
「風塵抄〈2〉 (中公文庫)」
 著者:司馬 遼太郎
 出版:中央公論新社
 発売日:2000-01
 価格:¥ 680
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関連タグ : 司馬遼太郎,

機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者-
機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者-
富野由悠季 安彦良和
バンダイビジュアル 2005-10-28

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幼稚園だったか小学校低学年だったかの頃TVで放送されていたZガンダムの劇場版を観たかったのだが、近くでやっておらずやや欲求不満気味だった。

本日、夕方集まりがあって福岡に出かけることになったので、昼間に友人とシネ・リーブル博多駅前で放映中のZガンダムを観ることにした。

TV版は小さい頃の話で細部を覚えておらず、またビデオも十数本も見る気はしなかったのでうろ覚えのところはあるが、とりあえずカミーユを初めとする登場人物に激情家が多くダークなストーリーだったことは子供心にも強い印象が残っている。

本作は三部作の初作で、エウーゴによるガンダムMk-2強奪からジャブロー脱出までを描いている。
元々長かったストーリーを1時間30分で放送してしまう関係上、例えば敵役のライラやカクリコンが登場から10分か15分かそこらで戦死してしまうなど詰め込みすぎだったように思う。

また、TV版の絵がかなりの部分を占めており、目新しい感じが少なく感じたのも不満だった。せっかく劇場版として観るのだから、ポスターにあるような新しい絵に描き直して欲しいところだ。

基本的に元の作品を知らない人には何が何だか分からずきついだろうと思う。個人的には第2作以降は劇場版で観ようとは思わない。
TVで放映されるとも思えないので、大分先にDVDで観ることになるだろう。

とはいえ、最初にクワトロ大尉(シャア)が赤いリック・ディアスで登場するシーンは良かった。改めてリック・ディアスはドム系にも関わらずかっこいいと思った。

他のモビルスーツもギャプランやメッサーラ、ガルバルディβなど、なかなか魅力的なデザインの機体が登場するのがZガンダムの好きなところだ。
それと、戦争という舞台での甘えのなさも。

あと、敵の中ボスくらいのポジションに座るジャマイカン将軍の声優が「ちびまる子ちゃん」の皮肉でやる気なさげなナレーションで有名なキートン山田ということを初めて知ったのは驚きだった。



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千利休の謀略 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)千利休の謀略 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)

谷 恒生 (著)
小学館 1999-11

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信長の顧問として覇業を援けた千利休が、本能寺の変後に秀吉を援助するように見せかけて実際は秀吉を陥れる謀略を仕掛けるという作品。

ストーリーは山崎の戦いの後、秀吉が清洲会議に出席するあたりから始まるので信長も光秀も追憶としてのみの登場だが、信長を理想を追求する革命家として描き、利休はその理想を実現するためのパートナーという位置づけである。

秀吉は利休が知る構想を欲しがる俗物として描かれており、芸術家肌の利休と対照的な構成となっている。
さらにひどく描かれているのは秀吉の謀臣の黒田官兵衛と安国寺恵瓊で、官兵衛は小心者でキリスト教を勘違いしている人物として、恵瓊は茶器のブローカーを行う守銭奴として登場するところがあまりにカリカチュアライズされていて笑える。

利休の秀吉政権内における存在感は、大友宗麟の”外的なことは秀長に、内々のことは宗易(利休)に”という言葉が知られるほど大きいもので、単なる芸術家ではなく、秀吉に罪人として切腹を命ぜられたために政治的な業績が評価しづらい面がある。

利休があちこちの戦国大名の所に登場したり、海千山千の官兵衛や恵瓊をあっさりと手玉に取ったりと超人的に描かれているのが苦しいところではあるが、思い切ったフィクションと割り切って読む分にはそこそこ面白い。


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