『シルクロードの経済人類学―日本とキルギスを繋ぐ文化の謎』:雨読夜話

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シルクロードの経済人類学―日本とキルギスを繋ぐ文化の謎
シルクロードの経済人類学―日本とキルギスを繋ぐ文化の謎
栗本 慎一郎 (著)
東京農業大学出版会 2007-08

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経済人類学の観点から、古代日本は北のシルクロードとつながっていて遊牧民の影響を受けてきたとする研究書。

これまでの研究から、蘇我氏や聖徳太子の一族などにはスメラミコトの称号やシリウス信仰などペルシアやメソポタミア、中央アジアに見られるのと同様の文化の痕跡があったことを紹介し、そこから現在のキルギスタンあたりを中心として西はドナウ川流域から黒海北岸に北コーカサス、東はモンゴルや黒竜江流域、沿海州と続いて日本海を渡って北日本に及ぶ黒テンの道とも北のシルクロードとも呼ばれる遊牧民が使用してきた北方の交易路があったことを論じている。

ユーラシアの東西を結ぶ交易路としては長安からペルシアを通りビザンチンに至るとされるシルクロードがあったが、このルートは天山山脈の間や砂漠地帯を通る悪路で、条件のいい北方の黒テンの道が遊牧民の勢力に抑えられて使用できないために仕方なく使用したルートというのが実情だったらしい。
こちらが有名なのは、歴史上の記録を多く残した中国やペルシア、イスラムの諸王朝が使用していたためで、黒テンの道は支配した遊牧民の諸王国が記録にあまり関心を示さなかった事情がある。

この黒テンの道を利用して大帝国を築いた遊牧民の王朝としてチュルク系アシナ氏の突厥を挙げ、その強大な勢力を誇ったエピソードの数々が書かれている。
同時期に存在した隣国の唐やビザンチン帝国、ササン朝ペルシアなどの記録ではやっかいな蛮族程度の扱いをされているが、東では建国当初の唐をおびやかし、西ではササン朝ペルシアと同盟して中央アジアのエフタル王国を滅ぼし、ビザンチン帝国に皇帝自ら援軍に赴くなど活動範囲が広い。
こうした広い範囲で活躍できたのは騎馬の大軍が高速で移動可能な草原のルートがあったからで、このあたりはわくわくしながら読んでいった。

それなりの歴史上の予備知識を要するため読みやすくはないが、これまで中央アジアやシルクロードの歴史に対して抱いていたイメージが大きく変わることになり、かなり知的刺激を受けた。
著者たちが関わっている中央アジアでの発掘や研究もまだまだ新発見がありそうであり、楽しみである。

[本書内で文献として挙げられていた作品]

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