『陽明学と禅のこころ―人間学の王道に学ぶ人生を快活に生きる知恵』:雨読夜話

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陽明学と禅のこころ―人間学の王道に学ぶ人生を快活に生きる知恵
陽明学と禅のこころ―人間学の王道に学ぶ人生を快活に生きる知恵
境野 勝悟 (著)
致知出版社 2003-07

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朱子学と陽明学の違い、そして陽明学がいかに禅の思想や老荘思想と通じるかといったことを語った講演をまとめている本。

最初に、江戸時代から戦前にかけての教育や社会規範には朱子学が多大な影響を与えており、その厳格さがいきすぎて弊害をもたらしがちなことや、極端に異なるはずの朱子学と陽明学の区別がついていないことを問題としている。

顕著な例としては歴史の教科書でもそう教えられ、『日本がわかる思想入門』にも書いてあった、大塩平八郎が陽明学者という伝承は誤りとしている。
大塩平八郎の言動はむしろ朱子学的で、陽明学的な人物としては二宮尊徳が挙げられるということが書かれていてかなりショックを受ける。

また、陽明学はいいと思ったことをすぐに行動に移すべきだという過激な思想のようなとらえ方もされる場合があるが、これもまた誤りであり、むしろ禅や老荘思想に近いものがあるとする。

既にこのあたりで漠然と持っていた陽明学への印象が覆され、驚きながら読んでいくことになった。

そこから朱子学と陽明学の大きな違いである、朱子学で使われる致知(ちち)と陽明学で使われる致良知(ちりょうち)の違いへ話が移る。
ざっとした理解としては、致知が知識万能主義に近いことを言っているのに対し、致良知では人には良知(自然の知恵のようなもの)が元々備わっているので、これに従った無理のない生き方をするのが望ましいようなことが書かれていたように思う。

朱子学が四書五経を深くひたすら読むのが正しく、現実がそれと合わなければ現実の方を変えなければならないという原理主義としか思えないことが書かれ、それに対し陽明学は現実主義でありのままを受け止める要素を強く感じる。

著者は禅の修行をかなり積んだ人物であるため、ここから陽明学と禅の思想の通じる部分について様々な例を挙げながら繰り返しその思想を語っていく。

引用されている王陽明の『伝習録』はかなり難しそうな文章で、しかも知識だけではなくて心や体で感じるべきことが書かれているために理解は困難と思われるが、著者の語り口が親切なので感じは何となくくらいはつかめてくる。

さすがにこの1冊だけで陽明学について鵜呑みにするわけにはいかないので、他にも何冊か関連の本を読んで陽明学の理解を深めたいと思う。



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