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『街道をゆく 32 阿波紀行、紀ノ川流域』:雨読夜話

ここでは、「『街道をゆく 32 阿波紀行、紀ノ川流域』」 に関する記事を紹介しています。
街道をゆく 32 阿波紀行、紀ノ川流域 (朝日文庫)
街道をゆく 32 阿波紀行、紀ノ川流域 (朝日文庫)
司馬 遼太郎
朝日新聞出版 2009-03-06

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司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズ第32作で、阿波(徳島県)と紀ノ川流域(和歌山県北部)を訪れている。

前半の阿波紀行では淡路島から鳴門大橋を経由して徳島県に入っており、『街道をゆく 7 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみちほか』に収録されていた「淡路みち」の続きのような展開となっている。

ルートとしては徳島県を横断し四国三郎の呼び名もある吉野川流域を遡っている。
この吉野川は大河なのに流域が低いために灌漑に使用できず、水不足に苦しめられたという歴史的な経緯が随所で語られる。

江戸時代にこの地を治めたのは有名な蜂須賀小六の息子の蜂須賀家政を藩祖とする蜂須賀氏で、家政は早い時期に商品作物の重要性を認識し、藍の生産を政策として実行したという先見性が書かれているのには驚かされた。

時代を遡って室町時代に阿波を支配していたのは管領の細川氏、ついで下克上でのし上がった三好氏で、三好長慶の頃は足利将軍を追い払って近畿8ヶ国を支配するなど勢力を振るっていた。
当然本拠地である阿波の兵が多数京都に何年も駐屯する形となり、そのため京都の言葉や文化は阿波に影響を受けたのではないかという考察がなされている。

他にもお遍路さんに関連して阿波では空海(弘法大師)をお大師さんと呼び神として信仰されていることや、阿波踊りの話、甲子園で有名な池田高校のある池田の話などが書かれていて興味深い。

後半の紀ノ川流域への旅では、主に根来寺周辺と、かつては雑賀とも呼ばれた和歌山市内についての話が中心となっている。

根来寺では戦国時代に行人と呼ばれる構成員たちを僧兵や貿易商人として各地に派遣しており、種子島の鉄砲伝来の際に根来寺に鉄砲を持ち帰った津田監物とも杉の坊とも呼ばれる人について話がおよんでいる。

著者によると津田監物と杉の坊は同一人物で、津田監物が仲間内での通称、杉の坊というのが外部向けの呼び名だったのではないかとしているのが面白い。
普段から営業活動でしばしば種子島にも訪れていたため、こうしたビジネスチャンスに遭遇できたということなのだろう。

その後は和歌山に移り、雑賀の地侍集団、その後に紀伊を治めた豊臣秀長とその家老だった藤堂高虎、さらに江戸時代の浅野氏や紀州徳川家についての話などがなされている。
また、皇室、出雲大社の千家氏と並んで日本最古の家柄である紀氏が国造(こくぞう)さんと呼ばれて現在も和歌山市内にある神社の宮司を営んでいることは初めて知った。

本作もなかなか楽しめたと思う。




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