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『邪馬台国と大和朝廷』:雨読夜話

ここでは、「『邪馬台国と大和朝廷』」 に関する記事を紹介しています。
邪馬台国と大和朝廷 (平凡社新書)
邪馬台国と大和朝廷 (平凡社新書)
武光 誠
平凡社 2004-05

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邪馬台国はどこにあったのか、そして大和朝廷とはどのような関係にあるのかという、大いに論争が続けられてきた謎について、これまでに出されてきた学説を整理・紹介し、現状の研究成果から著者なりの見解を出している本。

邪馬台国の所在地については畿内説と九州説の2説が有力であり、これは江戸時代の新井白石や本居宣長あたりから続けられてきた。
論拠としては中国側の史料である魏志倭人伝や日本側の古事記や日本書紀、そして吉野ヶ里遺跡や黒塚古墳、纏向古墳といった考古学上の研究成果などがあり、各学者の提唱した説を紹介している。

著者はその上で魏志倭人伝をできるだけそのままの意味で解釈し、当時中国で政権のあった後漢や魏の事情を勘案して、邪馬台国は九州の筑後あたりだとするのが妥当であろうと結論付ける。

また、黒塚古墳で発見された三角縁神獣鏡は邪馬台国畿内説の有力な論拠とされ、これにより考古学界では畿内説がかなり優勢と紹介がなされているが、著者はこの、三角縁神獣鏡が決め手とまではならないと慎重な立場をとっている。

他にも邪馬台国がどんな国であったのか、卑弥呼がどのような人物だったのか、大和朝廷がどのような経緯で形成されたのかといったところが述べられている。
結論としては、邪馬台国は北部九州の小国連合の盟主であり、後発の大和朝廷に征服されたと著者は見ている。

研究成果の紹介で一部素人にはわかりづらい部分もあるものの、全体的によくまとめられていて邪馬台国論争の論点などがあまり偏っていない紹介のされかたで述べられており、入門的な本としてはいいと思った。




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