『街道をゆく 3 陸奥のみち、肥薩のみちほか』:雨読夜話

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街道をゆく 3 陸奥のみち、肥薩のみちほか (朝日文庫)
街道をゆく 3 陸奥のみち、肥薩のみちほか (朝日文庫)
司馬 遼太郎
朝日新聞出版 2008-08-07

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司馬遼太郎による『街道をゆく』シリーズの第3巻。
岩手県の久慈から青森県の八戸周辺への陸奥のみち、熊本県の田原坂や人吉を経て鹿児島の大口や蒲生へ向かう肥薩のみち、そして著者が住んでいる河内地方の旅と、3つの旅から構成されている。

陸奥のみちでは酪農に適した土地なのに稲作にこだわったことを悲劇的に見ていたり、戦国時代に南部氏と津軽氏が反目するようになった経緯、安藤昌益や高山彦九郎といった個性的な人物の話などをしている。

肥薩のみちでは西南戦争や相良氏、五木寛之の『隠された日本 九州・東北 隠れ念仏と隠し念仏』にも書かれていた隠れ念仏、著者の『故郷忘じがたく候』のモデルとなった友人で、朝鮮征伐で島津氏が連れてきた陶工の子孫である沈寿官氏との再会などを扱っている。

ここで特に印象深かったのは蒲生(かも)という地方の話で、士族によって結成された不動産会社が続いていることや、竜ヶ城という山城にある20mくらいの高さの崖に、いつ誰によって書かれたのか不明な梵字である「蒲生城(竜ヶ城)磨崖梵字」についてで、知らない地方ならではという感じで興味深い。
ここでは同行している画家の須田氏がテンションが上がっている様子も多く描かれている。

河内地方の旅では、大和川が元々は河内の中部や北部の高いところを流れていて洪水が多く沼地だらけだったのを、江戸時代に豪農の中甚兵衛が私財を投げ打った上に幕府に陳情するなどの尽力によって河内南部から和泉に川筋を変える工事に成功し、結果として著者の自宅も昔は沼地だった場所にあるという話から始まっている。

土地柄からか真言宗の律院という修行をするための寺院や、西行法師が亡くなったとされる弘川寺、PL教団のシンボルであるPLの塔など宗教関連の建物が多く扱われていたり、大ヶ塚(だいがづか)という堀で囲んだ村が外敵と戦った話などが語られていて、これらも興味深い。

著者の他の作品や、読んだことのある他の著者の作品の思わぬところとつながってきたりするのがこのシリーズの魅力のひとつで、本書でもそれは感じた。
また、比較的初期であるこの時期から歴史や俗化に対しての愚痴が多いことに苦笑してしまった。



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