『司馬遼太郎が語る 8 医学が変えた近代 』:雨読夜話

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司馬遼太郎が語る 8 医学が変えた近代 [新潮CD]
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司馬遼太郎による講演をまとめたCDの第8作で、講演の場所が幕末に設立された蘭方医学塾に由来する順天堂大学ということで、近世の医学について語っている。

司馬氏は緒方洪庵の適塾を扱った『花神』、そして徳川将軍家の奥医師だった松本良順が登場する『胡蝶の夢』を著していて、その話にも及んでいる。

有吉佐和子の『華岡青洲の妻』で知られる華岡青洲のような漢方医では秘密主義だったのに対し、緒方洪庵が教えていた蘭方医学では学問の共有が広く行われていることを対比している。
そして洪庵の晩年に医学をさらに究めたいという弟子に対しては、長崎で教えているオランダ人のポンペに師事するよう勧めている懐の深いエピソードを紹介している。

ポンペは松本良順を通して一人で医学のさまざまな分野を教えたとされるが、医科大学の講義ノートを元に教えたらしく、それで理解できた学生たちもすごいと評している。
長崎に来て医学を教えた人物には有名なシーボルトもいるが、ポンペの業績があまり有名でないあたりも歴史のあやなのかもしれない。
ポンペの建言によって長崎で初めて西洋医学による医院ができたが、これによって身分に関係なく等しく病人ということで民主主義が始まったことも語られている。

中国や朝鮮半島では儒教によって身を労する医師は低い身分とされていたが、日本の江戸時代ではヨーロッパと同様に医師を大切にしていた社会だったことが近代化に役立ったとしている。
『花神』の主人公である大村益次郎が百姓身分から医学によって出世したように、低い身分から出世するには学問だけでなく医学というルートもあった話がなされている。
ただし、将軍や大名お抱えの医師が町医者を見下していたように、大学病院の教授が開業医を軽視する傾向は問題だとしている。

医師の地位が高かった背景としては、江戸時代に商品経済が発達して個人の確立や合理主義、実証主義などの精神が共有されたことがあるとしている。
その中でも実証主義の例として、実際に罪人の遺体を解剖して中国から伝わっている人体図が誤っていることを証明し『蔵志』を著した山脇東洋のエピソードを挙げている。

医学が経験に基づく学問だったのが、細菌やウイルス、遺伝子など科学に影響される部分が大きくなった一方で、ポンペが遺した「医者は病者の唯一の友」という言葉の重要性を語ってまとめとしている。

知らなかった事柄が多く語られていて、かなりためになったと思う。
かなり長そうではあるが、そのうち『花神』や『胡蝶の夢』にも挑戦したいところである。




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