『街道をゆく 39 ニューヨーク散歩』:雨読夜話

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ニューヨーク散歩―街道をゆく〈39〉 (朝日文芸文庫)
ニューヨーク散歩―街道をゆく〈39〉 (朝日文芸文庫)
司馬 遼太郎
朝日新聞社 1997-03

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『街道をゆく』シリーズのニューヨーク編。
著者がコロンビア大学で講演を行うためにニューヨークを訪れた際のことを書いている。

前半ではマンハッタン島からブルックリン橋を渡ってブルックリン区を訪れ、ブルックリン橋の建設エピソードや、ブルックリンに墓がある幕末の日本でアメリカ領事として活躍したタウンゼント・ハリスのことなどが書かれている。

ハリスについては、治外法権や関税自主権なしといった不平等条約である日米修好通商条約を結ばせたこわもて外交官というイメージがあったが、本書で実際はそうでないことが分かった。
ハリスはのらりくらりと交渉を引き延ばす幕府の役人にめげずに交渉していき、日本に西欧型の法制度がないために治外法権はやむを得ずつけたが、それ以外はおおむね好意的な条約だったという。
また、攘夷派の浪士に暗殺されたヒュースケンはオランダ生まれのアメリカ人で、通訳としてハリスについて来日したこともようやく知った。(イギリス人だと勘違いしていた・・・)

後半では、日本文学史や明治天皇についての研究で知られるドナルド・キーン氏や、コロンビア大学における日本学の系譜、日本学の学者たちの話を多く語っている。
日本語で「おかあさん」という言葉ができたのが明治年間に国語教育の過程によるものだったことや、ラジオが放送されるに当たって山の手言葉のアクセントやイントネーションに合わせるようにしたことなど、日本語についての面白い話がいくつか紹介されている。
ただし、意義はあると思われるものの関心があまりない話題も多く、このあたりは少しばかり斜め読みになった。

シリーズの中では短めで、そこそこの内容というところだろうか。




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