『最後の博物学者 アレクサンダー=フォン=フンボルトの生涯』:雨読夜話

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最後の博物学者アレクサンダー=フォン=フンボルトの生涯最後の博物学者アレクサンダー=フォン=フンボルトの生涯

佐々木 博
古今書院 2015-08-06

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南北アメリカ大陸やロシア、中央アジアなどで探検を行い、その結果を多くの文献として残したことなどから「最後の博物学者」と呼ばれるアレクサンダー・フォン・フンボルトについて書かれた伝記。

フンボルトはプロシア王国に生まれ、王国の鉱山官などを務めた後に母親が遺した莫大な遺産があったこともあり、パリでの学者たちとの交流や探検を行うことになる。

また、兄のヴィルヘルムも学者や官僚として活躍し、ベルリン大学を設立するなどかなり有名な人物だという。

フンボルトの業績は鉱物学、生物学、人類学、地理学など多くの分野にまたがっていて、現代日本では梅棹忠夫あたりが比較的近いイメージのように感じる。

そして彼はフランス革命やパリで参加していた学者たちのサロンの雰囲気などから自由を愛し、南米での植民地支配や奴隷労働、ユダヤ人差別などに強い憤りを持っていたことが随所で書かれている。

また、環境の整ったパリで自由に学問を行いたいという考えから、出身のプロイセンなどによる出資の申し出や度重なる官職へのオファーを断ったりしている。

ゲーテと親交が深かったり、アメリカ大統領のジェファーソンや後に南米独立の英雄となるボリバルと出会ったり、ナポレオンとかなり不仲だったなど、有名な人物が何人も彼の周りに登場するので、そのあたりからも偉大な人物だったことが伝わってくる。

いかにも学者っぽい文章なのと、思い入れのためかアカデミックな内輪ネタっぽい記述がしばしば見られるところにより、予備知識の乏しい私のような人が読むには少々入り込むのに時間がかかったが、もっと日本でも知られていい人物ということが分かって興味深かった。




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