福岡市博物館「徳川家康没後400年記念 大関ヶ原展」:雨読夜話

ここでは、「福岡市博物館「徳川家康没後400年記念 大関ヶ原展」」 に関する記事を紹介しています。


先週末、福岡市博物館で開催中の「徳川家康没後400年記念 大関ヶ原展」(2015年8月7日~10月4日)を観に行った。

関ヶ原の合戦の模様を描いた屏風や絵巻物、秀吉が亡くなる前後から関ヶ原の戦後処理にかけての時期のさまざまな書状、合戦に参加した武将たちの鎧兜などが展示されていて、タイトルに「大」がつくだけあってかなりのボリュームとなっている。

合戦の模様を描いた絵では武将の名前がついていたり、旗指物の模様などから有名な武将の位置が分かるのでじっくり見ることができる。
旗指物では徳川軍の「厭離穢土 欣求浄土」、石田軍の「大吉大万大一」、宇喜多軍の「兒」、井伊軍の赤く染め抜かれた「井」、蜂須賀軍の「卍」、徳川軍伝令の「五」などが識別しやすい。

他にも家康のそばに「南光坊」と書かれた鎧兜の人物が南光坊天海(徳川家の顧問に当たる僧侶)のことらしかったり、石田三成の家老である島左近が黒田長政軍に銃撃を受けて家来に運ばれる模様なども見ることができた。

書状のところでは、毛利輝元が国元にいる叔父の元康に宛てた書状が多く、徳川派が増えていらだったり、毛利家と親しい細川家や黒田家が家康につくことを知ってショックを受けるなど、刻々と移る情勢に対する感情が伝わってくる。
また、石田三成が真田家に対して味方するように働きかけている書状では、かなり必死に説得している感じが分かる。

そして書状の宛先が苗字、氏名、官名などを略したものが多く、例えば房州(真田安房守昌幸)、豆州(真田伊豆守信之)、備中(備前中納言宇喜多秀家)、芸中(安芸中納言毛利輝元)といった具合で、歴史小説などで予備知識があるとちょっと面白い。

鎧兜については、九州国立博物館「戦国大名-九州の群雄とアジアの波涛」でも見ている黒田長政(一の谷型兜、水牛の角つき兜、羊歯つき兜)や立花宗茂(日輪ととさか)といった九州に縁が深い武将の他にも、加藤清正(烏帽子型兜)、加藤嘉明(イカに見えるが富士山型兜)、榊原康政(胴に「無」の篆字)、鍋島勝茂(深緑のおしゃれな甲冑)などバラエティ豊かな意匠が楽しい。

また、先日読んだ『家康、真骨頂: 「狸おやじ」のすすめ』で扱われていた、家康の60歳頃の肖像画(一般的に太ったイメージのものと比較すると中肉中背に描かれている)や、久能山東照宮に収められている島左近の兜も展示されていて、読んでからさほど期間が経っていなかったこともあってテンションが上がった。

戦国時代や戦国武将が好きな人なら満足できる内容の特別展だと思うので、おすすめする。




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