『「戦国時代」が10倍面白く読める本―合戦、武将、城……重要なところ全部!』:雨読夜話

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「戦国時代」が10倍面白く読める本―合戦、武将、城……重要なところ全部! (知的生きかた文庫)「戦国時代」が10倍面白く読める本―合戦、武将、城……重要なところ全部! (知的生きかた文庫)

「歴史ミステリー」倶楽部
三笠書房 2010-04-20

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戦国時代に一般的に知られている話と、それに対する異説・新説などを紹介している作品。

家康が武田信玄に惨敗を喫した三方が原の合戦では、家康は家臣の求心力低下を避けるためにちょっとだけ戦って撤退する予定だったのが、武田軍の挑発に乗った家康の家臣たちが勝手に出撃したというのが真相に近いという。
家康が成功者となって家臣もそれなりに優遇されたため「三河武士の忠義」みたいなことがよく言われていたが、実際は三河一向一揆で家臣の半分が一揆軍に参加するなど、家康が家臣の統制に苦労し続けたことが伝わってくる。

本能寺の変関連については、秀吉に関する疑惑、家康の伊賀越えによる逃走が順調すぎた不自然さ、光秀が天海僧正以外にも美濃で荒深又五郎という人物になった説、山崎の戦いで天王山はそれほど軍事的が価値がなかった可能性など、多くの話が収録されている。

秀吉と家康が対立していた時期、越中を支配していた佐々成政が家康に同盟を求めるために北アルプスを越えて浜松にやってきた話は知っていたが、その際に北アルプスに埋蔵金を埋めたという話は知らなかったので少し驚いた。
少なくとも徳川埋蔵金よりは信憑性が高いというコメントにはくすっと笑ってしまう。

関ヶ原の合戦で真田家が父・昌幸と次男・信繁(幸村)が西軍、信之(信幸)が東軍に分かれたことはよく知られているが、信之・信繁兄弟の下に昌親(東軍)、信勝と弟が系図に出ていたのにはマニアックな関心をくすぐられる。
そして本戦で家康が関ヶ原に西軍をおびき出したというのが定説だが、実際はどちらにつくか分からない小早川秀秋軍が松尾山に陣取ったことに対応したもので、むしろ西軍が待ち受ける状態だったともいう。

こうした定説と異説、新説が食い違う背景には研究の成果だけでなく、明治時代以降に歴史学会の権威が主張した学説を批判しづらい風潮があるようで、歴史学もなかなか難しいものだと感じる。




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