『徳川家康と16人の子どもたち』:雨読夜話

ここでは、「『徳川家康と16人の子どもたち』」 に関する記事を紹介しています。
徳川家康と16人の子どもたち (祥伝社黄金文庫)
徳川家康と16人の子どもたち (祥伝社黄金文庫)
熊谷 充晃
祥伝社 2015-04-09

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

関連商品
歴史REAL徳川歴史大図鑑 (洋泉社MOOK 歴史REAL)
徳川家康: 没後四百年 (別冊太陽 日本のこころ 228)
常在戦場 (文春文庫)
新田三兄弟と南朝-義顕・義興・義宗の戦い- (中世武士選書28)
戦国武将の明暗 (新潮新書)


昨年が家康の没後400年ということもあって書かれたと思われる、家康の子どもたちと妻たちの事跡を紹介している歴史読み物。

息子では二代将軍の秀忠、秀吉の猶子だったこともある秀康、信長の命令で切腹に追い込まれた信康、隆慶一郎の小説『捨て童子・松平忠輝』の主人公にもなった忠輝、御三家の藩祖となった義直(尾張)、頼宣(紀伊)、頼房(水戸)などが比較的有名だが、他にも関ヶ原で活躍した忠吉、武田家を継ぐ信吉、子どもの頃に亡くなったためにあまり知られていない息子についても書かれている。

さすがに隠し子疑惑のある人物、例えば土井利勝や小笠原権之丞などについてまでは書かれていない。

娘については奥平家に嫁いだ後に孫のために「宇都宮釣り天井事件」の黒幕だったという疑惑のある亀姫、北条氏直と池田輝政という有名な大名に続けて嫁いだ督姫、夫の蒲生秀行が急死した後に蒲生家を見事に経営して名を上げた振姫など、政略結婚した先でも存在感を発揮した姫が目立つ。

家康の正室や側室としては、信長から嫌疑をかけられて家康の命令で殺された築山殿、兄の秀吉から夫と離婚させられて家康の正室になった朝日姫、秀忠・忠吉の母となった西郷局、家康の秘書やアドバイザーのような役割もこなした阿茶局やお梶の方とこちらも個性豊かな人物が紹介されている。

通説でイメージされる人物像だけでなく、例えば家康は人質となった今川家では一門に準じる扱いを受けたので必ずしも不遇だったとは限らないことや、築山殿が悪妻だったという話は神君としての家康を持ち上げるために故意に貶められた可能性があること、秀忠の評価は時代によって上下してきたことなど、多くの説が盛り込まれている。

読んでいって思ったのは、家康が長生きしてこれだけ多くの子どもたちに恵まれたのが徳川幕府が長続きしたことにつながったのだということと、他の戦国大名でしばしば発生する兄弟間の争いをはっきりした形で起こさなかったことがすごいということである。
これだけ子どもが多いと、家康が子どもに対して優しかったのか冷たかったのかよく分からなくなってくる。

あまり期待せずに読んでみたのだが、思っていた以上に読みごたえがあった。





にほんブログ村 本ブログへ
スポンサーサイト

関連タグ : 徳川家康,

この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック