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『信長殺し、光秀ではない』:雨読夜話

ここでは、「『信長殺し、光秀ではない』」 に関する記事を紹介しています。
信長殺し、光秀ではない (八切意外史)
信長殺し、光秀ではない (八切意外史)
八切 止夫
作品社 2002-05

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通説では、明智光秀が本能寺に逗留中の織田信長を急襲し滅ぼしたということになっている。なぜ光秀は信長を倒したのか、とか、光秀をそそのかした黒幕は誰かといった議論は多くなされているものの、光秀が信長を倒したということ自体はほとんど疑われていない。

本書ではタイトルにあるように、信長を殺したのは光秀ではないという立場からその論証が進められていく。

信長が襲われた時間帯や前後の光秀の行動から、光秀にはアリバイがあると指摘し、光秀が本能寺にやって来たのは事件後だと主張している。

また、いくら本能寺が全焼したからといって信長の死体がかけらすらも見つかっていない点を問題視し、キリシタン宣教師の勢力によって本能寺に新型の爆弾が投げ込まれたのではないかとしている。

他にも事件の前後に不審な行動をした人物や、事件の後に異例の出世をとげた者がいること、あるいは関係したと思われる人物が次々と死んでいる点などを一つ一つ列挙している。

最後に黒幕ではないかと思われる人物を宣教師、秀吉、家康、朝廷、濃姫、斉藤内蔵助などいくつかあげているが、その中の誰がこの暗殺を仕掛けたのかまでは明示されていない。
信長に恨みのある人物はあまりに多いので特定できなかったのだろう。

著者がマカオで資料調べをしているときのエピソードがやたらと出てきて邪魔に感じる部分はあったものの、本能寺の変の後の光秀の不自然な行動はこれで説明できそうでもあり、それなりに面白く読むことができた。



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