『山岡鉄舟 幕末・維新の仕事人』:雨読夜話

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山岡鉄舟 幕末・維新の仕事人 (光文社新書)
山岡鉄舟 幕末・維新の仕事人 (光文社新書)
佐藤 寛
光文社 2002-07

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西郷隆盛や勝海舟に比べて知名度は低いが、江戸城無血開城の交渉の立役者と言ってもいい、山岡鉄舟(鉄太郎)の事跡を紹介している作品。

山岡は自身に関する記録を残すことを好まず、手柄も勝海舟など周囲の人に譲ったために、近代の人の割に分かっていないことが多いようである。

旗本の家に生まれたが両親の死で貧乏生活を強いられたり、物事を突き詰めて考える性格が合ったことから剣・書・禅の3つの分野で達人となったり、幕末の動乱時には清河八郎らと「虎尾の会」という尊皇攘夷の結社を結成したりするなどのエピソードが書かれている。

明治維新後は旧徳川家の所領となった静岡で行政官として牧の原台地の茶畑事業を推進したり、明治政府から命じられて茨城県や伊万里県(今の佐賀県)といったトラブルが続く地方の要職に就いて問題を解決したりと、八面六臂の活躍を見せている。
たびたび抵抗勢力から酒を飲ませて夜道で襲撃を受けるが、酒好きで強い山岡がことごとく返り討ちにしているのも面白い。

その後に西郷などの招聘によって宮内庁に入り、明治天皇の教育係として厳しく諌めることで成長に貢献したことが書かれている。

山岡は西郷から「命もいらず、名もいらず・・・」と評されるような人柄だったようで、普段は寡黙だがいざという時の発言や行動力は目を見張るものだったらしい。

その西郷は山岡に大きく影響を受けたようで、江戸城無血開城時の徳川慶喜への寛大な処置だけでなく、「征韓論」と呼ばれる李氏朝鮮へ使者として出かけようとした行動も山岡に感化されたためではないかと書かれている。

この1件は歪曲して伝えられているということだが、もし本当に西郷が朝鮮に行って交渉したとしても、現代でも話が通じないのにさらに事大主義に染まっていた朝鮮の王族や官僚が交渉を受け入れたかどうかは疑問ではある。

勝海舟や新撰組に関する本で少しだけ名前は知っていたが、思っていた以上にすごい人物ということが分かって少し驚いた。
折を見つけ、関連した本でも読んでみようかとも思っている。






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