『孟子・荀子―中国古典百言百話 (13)』:雨読夜話

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孟子・荀子―中国古典百言百話 (13) (PHP文庫)
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久米 旺生
PHP研究所 1995-04

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『孟子』と『荀子』に収録されている言葉200を現代語訳し、解説している作品。
『孟子』が90、『荀子』が110という割合になっている。

孟子も荀子も戦国時代の斉での活動が比較的長かったことが共通していて、孟子の方が少し前の世代となる。

前半の『孟子』では孟子が斉の宣王や梁の恵王といった君主たちの諮問に答えたり、他の論客と論争するシーンが多く収録されている。
特に宣王に対しては理想の国を運営してくれる見込みがあると見たのか、誘導尋問めいた問いかけをして痛いところを突かれた宣王が他の家臣に別の話をしてごまかされたり、宣王から呼び出されたのにわざと仮病を使ってもったいをつけたりと、駆け引きをしているところが興味深い。

他の論客との論争も多く、例えば告子(こくし)という人物は人は性善説でも性悪説でもないという説を説いて孟子のライバルとなっていたらしいことが分かる。
この告子がその後忘れられたようなのは、おそらく性善説や性悪説のようにとがったところが足りなかったためではないかと思う。
こうした論客との論争においても孟子は、時々論理が怪しくなったりしながらも積極的に論じているところが印象に残る。

後半の『荀子』では問答するシーンは弟子の李斯(後に秦の始皇帝の宰相)からの質問に回答するところくらいで、多くは著述となっている。

人はあくまで後天的な教育によって良くなるという考えをベースに、当時としては珍しく天と人を分けて考える主張(「政治が悪いから災害が起こった」みたいな考えをしないこと)、君主の性質に応じて宮仕えの方法が異なること、音楽や権威付けのための道具や制度の意義を認めていることなど、表現はともかくとして現代でも通用しそうな考え方であることを再認識させられる。

荀子の思想を推し進めると弟子である李斯や韓非子のような法家思想になるが、法律に任せるのではなくあくまで人間が主体というか人間の性質を信じているというところに楽天的なところが垣間見えるところに好感が持てる。

荀子は戦国時代後期に活動していたため、儒家、老荘、墨子といったそれまでの諸子百家の思想は既に知っているわけで、孔子だけは認めてそれ以外の思想家たちを批判しているところも注目ポイントとなっている。

80年代に書かれたために著者の解説で少し古びた記述も少しあるが、『孟子』と『荀子』の思想における特長や彼らがどのようなことを語っていたのかが分かり、興味深く読むことができた。






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