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『北条氏の時代』:雨読夜話

ここでは、「『北条氏の時代』」 に関する記事を紹介しています。

本郷 和人 (著)
文藝春秋 (2021/11/18)


来年の大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」を意識して出版社から打診されたと思われる、鎌倉幕府執権の北条氏一族のそれぞれの時代を語っている作品。
時政、義時、泰時、時宗・貞時、高時の5章で構成されている。

著者の他の作品でも書かれていた、北条氏が元々は小さな勢力だったが陰謀でのし上がったこと、時頼の時期に撫民の思想が出てきたが、時宗・貞時の時代に撫民の思想を受けた統治派とと御家人ファースト派が争って御家人ファースト派が勝利したことが鎌倉幕府の滅亡につながったことなどが書かれているが、他にも印象に残る話が多い。

優れた執権を輩出した印象がある北条氏だが、彼らは必ずしも後継者と決まっていたわけではなく、身内のライバルとの後継者争い、梶原、比企、和田、三浦といった政敵との戦いに勝ち抜いてきたことが影響していて、得宗家のプリンスとして育った時宗や貞時が好意的に見ても名君とは言えないことと対比をなしている。

時政が部下を使って政敵を暗殺した後に口封じとしてその部下を殺すやり方は古今東西の謀略家の手口で、自分のために貢献した暗殺者を手厚く遇した宇喜多直家は例外なのだということを再認識したり、建前を重んじて周囲に引っ張られた形をとって政敵を滅ぼす義時の手法は、建前をうまく使ってきた家康に通じるものがあると思ったりもした。

他のライバルとなりうる有力な御家人を排除した後は得宗家VS名越家のような一族間の争いや、平頼綱に代表される身内人と呼ばれる得宗家の家臣VS安達泰盛や北条の分家などの内部闘争が続くようになっていて、橘氏や源氏を排除した後に一族間での争いを繰り広げた藤原氏にも似ている。
違いは、公家ではなく武家なので大規模な殺し合いになりがちなことである。

元寇につながる外交の失策・無策や御家人のために鎌倉幕府ができたという構造が貨幣経済に対応できなくなったことが鎌倉幕府と北条氏の滅亡の要因とされるが、北条氏がほぼ皆殺しになった理由として、日本のほぼ半分の土地を支配するようになったために「北条氏を倒せば土地が得られる」と御家人に思われていたという話も納得しやすい。

著者は戦国時代など必ずしも専門としている以外の時代に関する著作も多くてすごいと常々感じているが、専門である中世についてはより力が入っているように感じられ、読みごたえがあった。




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