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『信長と十字架―「天下布武」の真実を追う』:雨読夜話

ここでは、「『信長と十字架―「天下布武」の真実を追う』」 に関する記事を紹介しています。
信長と十字架―「天下布武」の真実を追う (集英社新書)
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従来あまり述べられることのなかった、信長と南欧勢力(スペイン・ポルトガル王国とその尖兵であるイエズス会の宣教師、キリシタン大名の大友宗麟、日本のキリシタン)のつながりについての論考。

簡略化して言えば信長の背後には南欧勢力がスポンサーとして美濃侵攻前から支援しており、信長はその意向に沿って天下布武に向けて動いていたということを多数の文献より論考している。

イエズス会と信長の接近は上洛以降だと思っていたが、実際には尾張統一したかしないかの時点でなされていたということ、また信長の後ろに九州のキリシタン大名である大友宗麟がついていて銃砲の輸出という援助を行っていたということについてかなり知的興奮を受けた。

歴史の結果から見ると信長が選ばれたのは必然のようにも感じられるが、キリシタンが当初三好一族にも接近を試みているところをみると、朝倉氏や斎藤氏、今川氏などではなくてなぜ信長が選ばれたのだろうか。このあたりはよく分からなかったが、結局近畿付近の大名では信長しか相手にしてくれなかったのだろう。

このつながりにおいてキーマンは足利義輝の異母弟と言われ、足利義昭の将軍就任に尽力し、更にはキリシタン大名でその上古来の風習にも通じた細川藤孝であるが、この人はある意味黒田如水などよりも陰謀家だと思う。

信長はその後何らかの理由で南欧勢力と朝廷の陰謀により本能寺の変で消されたとあるのだが、このあたりはかなり強引で、もうすこし検証が欲しいところ。信長の後継者として羽柴秀吉と明智光秀を比べて秀吉が選ばれたとのことなので、その後の論考として『秀吉と十字架』でも書いて欲しいところである。



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